ソーセージの起源は紀元前10世紀より前?
-ウィンナーとの違い、歴史雑学も紹介

ソーセージの起源は紀元前10世紀より前?<br />-ウィンナーとの違い、歴史雑学も紹介

ソーセージは世界中で食べられている肉加工品の一つで、日本でもお弁当の具から炒めもの・ポトフなどのスープ類まで広く使用されています。ホットドックもソーセージが無くては始まりません。ソーセージ=ドイツの伝統料理・特産品というイメージもありますが、実は発祥の国はドイツではないってご存知でしたか? ソーセージのルーツや日本での歴史、ソーセージ・ウィンナー・フランクフルトの違いなど、ソーセージの気になる部分をまとめてご紹介します。

ソーセージと、その分類について

ソーセージとは

ソーセージは細かく刻む・挽いた肉類に味をつけ、腸などのケーシング(チューブ状の袋)に充填した加工食品の総称です。ただし細かく刻んでソーセージにするような味付けをした肉は“ソーセージミート”と呼びますし、スクエアソーセージなどケージングされていなくとも“ソーセージ”と呼ばれているものもありますから、定義はかなり曖昧。また、ソーセージを日本語にするとすれば「腸詰め」ですが、コラーゲンやセルロースなどを使って作られた人工ケーシングに充填されたものもありますよ。

ソーセージと呼ばれる加工品は肉の種類であったり、充填後の処理であったりも様々。保存が効くように加熱もしくは燻煙するものが多いですが、軽く燻煙するだけの柔らかいペースト系ソーセージもあります。プリッとした歯ごたえやジューシーさを重視したものもありますし、燻煙後に乾燥さえて干物のようにしたものもありますよね。ちなみに日本で多く食べられているソーセージは、牛もしくは豚肉をミンチにし、塩や香辛料・調味料で味付けしてケーシングに充填したあと乾燥(→燻煙)→加熱殺菌→冷却という工程で作られることが多くなっています。

ウインナーとソーセージの違いは?

日本人としてはちょっと気になる、ソーセージとウィンナーの違い。お弁当に入っているのはタコさんソーセージではなく“ウィンナー”ですし、腸詰め肉をソーセージではなくウインナーと呼ぶ方もいますよね。同じ商品を指差したとしても、ソーセージと言う人・ウインナーと言う人がいて、ちょっぴりモヤっとすることがあるのでないでしょうか。

結論から言えばソーセージはケーシングに肉類を充填した食品の総称。なのでウィンナーだろうかフランクフルトだろうがサラミだろうが「ソーセージ」で間違いはありません。ではウィンナーは何なのかと言えば、日本ではJAS規格で一般的にはサイズによってウィンナーソーセージ、フランクフルトソーセージ、ボロニアソーセージの三種類に分けられています。ソーセージの中でその条件に当てはまるもの一部製品がウィンナーと呼ばれるわけです。

ウインナーソーセージ

日本ではケーシングに羊腸を使用したソーセージ、人工ケーシングであれば太さが20mm未満のソーセージのことを“ウインナーソーセージ”として分類しています。お弁当に入っていたりする、小ぶりなサイズのソーセージ=ウィンナーという感じですね。

ウインナーソーセージのウィンナーは、オーストリアの種とウィーンのこと。ウィーンで作られていたソーセージということでウィーン風のを意味する「Vienna(ドイツ語ではWiener)」が付けられました。元々はweinerwurstと呼ばれていたものが、ドイツ系移民によってアメリカにもたらされ食されていくなかで短縮されたのだとか。日本のようにソーセージの細さを表す言葉としては使われません。

フランクフルトソーセージ

日本ではケーシングに豚腸を使用したソーセージ、人工ケーシングであれば太さが20mm以上36mm未満のソーセージのことを“フランクフルトソーセージ”として分類されています。お祭りの屋台などで串に刺さって売られているものが代表的ですし、ホットドッグの具など太いだけではなく長いものも多いように感じます。

こちらもウィンナーと同じく、ドイツのフランクフルトで作られてられていたソーセージであることが語源。原産国のドイツでは言葉通りフランクフルトの特産ソーセージ的な扱いになるので、私達がフランクフルトと認識している形状ものはWienerWürstchen(ウィンナー)と呼んでいるようです。

ボロニアソーセージ

日本ではケーシングに牛腸を使用したソーセージ、人工ケーシングであれば太さが36mm以上のソーセージを“ボロニアソーセージ(ボローニャソーセージ)”として分類されています。名前の由来はイタリアの都市ボローニャ…と言っても、こちらもイタリアのボローニャで伝統的に作られてきたソーセージとは全くの別物です。

日本では単に太いソーセージを指す言葉として使われていますが、イタリアのボローニャで伝統的に作られてきたモルタデッラ(mortadella)というソーセージは豚挽肉+さいの目に斬った脂身(主に豚の喉元の固い脂肪)を加えたものです。断面には挽肉のピンクの中に、脂身の白が分散して見えることが特徵。メーカーによってはモルタデッラに近づけたものもありますが、ボローニャの方々からすれば「えっ!?」という感じになるのではないでしょうか。

ちなみにアメリカでは日本と同じ様にボローニャ(bolognaもしくはbologna sausage)という名称で、直径が大きく、日本人からするとハムのような見た目のソーセージが販売されています。モルタデッラとの違いは、さいの目に切られた脂身が入っておらず、脂肪が目に見える形で分離していないこと。こちらのほうが日本で多く流通しているボロニアソーセージに近い印象がありますね。

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乾燥度合いや製法での区別も…

太さによるソーセージの区別だけではなく、乾燥度合いによってドライソーセージ・セミドライソーセージと大まかに区別することもあります。ドライソーセージの代表はサラミ、ソフトサラミやカルパスはセミドライソーセージに含まれます。そのほかブラッドソーセージやレバーソーセージなど詰められる具材による呼び方もありますし、近年はドイツのヴァイスヴルスト・スペインやメキシコなどで食べられているチョリソーなど、ソーセージやウインナーという総称以外の呼び方が一般的になっているものもあります。

日本独自のソーセージとしては「魚肉ソーセージ」があります。牛や豚だったり、七面鳥だったりしますが、ソーセージと呼ばれる加工食品は基本的に鳥獣類の挽肉を原材料とするもの。魚肉ソーセージは名前の通り魚肉を使っている、ソーセージと言うよりもかまぼこに近い食品。肉をほとんど食べず魚がメインのタンパク源であった日本がからこそ思いついた加工法と言えるかもしれません。フィリピンなどにも魚肉を使ったソーセージがあるそうですが、世界的に見るとレアだそう。“たこさんウィンナー”でお馴染みの、表面を赤色に着色したウィンナーも日本で独自に考案された商品です。

ソーセージの起源と歴史

発祥はシュメール人?

生のままでは痛みやすい“肉”を保存するための方法として、小さな端切れの肉を有効活用する方法として、広く見ればソーセージと言える食肉加工法は各地で発達しました。各地で個性的なソーセージが作られていますが、世界で最も古くからソーセージを作ったのはメソポタミア地域と考えられています。このためソーセージの発祥はメソポタミア文明・シュメール人であるというのが定説となっています。

では、いつ頃からメソポタミアでソーセージが作られていたかと言うと、日本ハム・ソーセージ工業協同組合さんのサイトでは“紀元前15世紀頃中近東のバビロニア地方でソーセージが作られる”と紹介されています。ただし、証拠があるというよりも伝承・言い伝えベースの部分が多いそうで時期は断定されていません。古いものだと5000年前(紀元前20世紀)説、少なくとも紀元前10世紀=約3000年前までにメソポタミアではソーセージが製造されていたと見られています。

石版などの記録からメソポタミアのソーセージは腸のケーシングに詰め込まれているタイプだったこと、現在のように燻煙・加熱するのではなく塩漬け肉をケーシングに詰めて発酵させていたのではないかと考えられています。また、メソポタミアで作られていたソーセージの原型とされる加工品は、とってもワイルド。牛やイノシシなど私達にも想像がつくような“肉”だけではなく、ライオンやシカ・ガゼル・鷲などの肉も使われていたのだとか。

トルコと中国にも…

トルコでもメソポタミアとそう時間差のない紀元前1000年頃から、現在でも親しまれているサラミソーセージ“スジュク(Sucuk/sujuk)”の元となるソーセージが食べられていたと伝えられています。中国でも紀元前580年頃からソーセージの製造が行われていたと考えられていますから、紀元前のうちに各地で肉の保存食としてソーセージが作られていたことがうかがえます。自分の国が発祥・独自に考案したのだという声もあるようですが、メソポタミアとの時間差を考えると東へと製法が伝播していったように感じられますね。

ソーセージのイメージ画像

古代ギリシア・ローマでも定番だったが…

シュメール人達が食していたソーセージのルーツと言える加工食品は、古代エジプトや古代ギリシアなどの周辺国にも伝わっていきます。古代エジプトや古代ギリシアでも3000年以上前からソーセージが食べられていたと考えられていますし、ギリシア時代の文献にもソーセージについての記述が多く残されています。紀元前7世紀頃にホメーロスが記したとされる『オデュッセイア』はよく取り上げられる存在。こうした記録から古代ギリシアではソーセージが存在し、血液を練り込んだブラッドソーセージが存在したこと・宴席料理としても食べられていたことなどが分かっています。

古代ローマ人もソーセージを愛したことが分かっています。古代ローマ帝国と言えば広大な領土から様々な食材を取り入れ、美食をこよなく愛したグルメ国家。肉や香辛料の配分で彼らは様々なソーセージを作り分け、焼いてではなく茹でて食べるのに適したソーセージまであったそう豚肉に細かく刻んだ白松の実・クミンシード・ローリエ・黒コショウなどを混ぜ込んだものなどもあったようですから、私達にも親しみのある現代的な風味のものが作られるようになっていたと考えられます。ガチガチの保存食としてではなく、美味しい肉の食べ方の一つとして改良が進められていた可能性もありそうですね。

ちなみに私達が現在使っている「ソーセージ(sausage)」という呼び名も、語源は塩もしくは塩漬けを意味するラテン語“salsus(サルサス)”が語源。日本でサルサスと言われるとスペイン語でソースを意味するサルサなどを連想しますが、実はソーセージもソースもサルサも全て語源はラテン語“salsus”なんです。ソースとソーセージの語源が同じって、ちょっと不思議な気もしますよね。ただしソーセージの語源については英語でsow(雌豚)+sage(セージ)という説もありますが。

古代ローマ起源説も

3000年以上も前から食べられていたという説が有力視されているソーセージですが、古代ローマで発明されたものだというエピソードもあります。それは1世紀、日本では“暴君”が付けられるローマ皇帝ネロの料理人だった人のお話。当時豚の丸焼きを作る時には豚を断食させ、内蔵を徹底的に洗浄して焼くのが定番でした。しかしこの料理人はうっかりしていたのか、内臓の洗浄が雑だったんだって。彼が焼いた豚のお腹にナイフを突き刺すと、熱によって膨張した腸が出てきたと伝えられています。この腸を見て料理人はケーシングに使えると思い、挽肉や香辛料を詰めて料理・保存食を作り出したという伝承もあります。

13世紀までにはヨーロッパ中に広まる

その後、ソーセージの製造はヨーロッパ中へと広がっていきました。ヨーロッパ全域でソーセージが食べられるようになったきっかけと言えるのが、十字軍の遠征。聖地エルサレムの奪還を掲げた十字軍は東、イスラム世界へと遠征していきます。国をまたいで移動する十字軍によって、ヨーロッパの情報伝達や流通路は発展しました。加えて彼らはヨーロッパでには自生していない食品類、特にスパイスも持ち帰っています。このスパイスを使用することでソーセージの味・保存性両方が高まり、欧州各国での行き来が盛んになったことでソーセージの作り方も広まっていったと考えられます。

交易商人など長い距離を移動する人々にとっても、農業や畜産業を営んでいる人々にとっても、保存の効くソーセージは有難い存在だったのでしょう。各地のソーセージを目にする機会も増えていたはずですし、当時は新しい技術が次々に生み出されている時代。ソーセージの製法もより洗練されたものになっていったと考えられますね。こうして12世紀、遅くても13世紀までにはヨーロッパのほぼ全域でソーセージが作られ、食べられるようになっていきました。南部ではサラミにようなドライソーセージ系北部では燻製したスモークソーセージ系とその土地の風土に合わせてソーセージ進化していったのもこの頃と考えられます。

大航海時代に入ると、長く船に閉じ込められることになる探検家や商人たちの間で更にソーセージの需要は拡大。商品としての価値も高くなり、よりソーセージ製造技術にも磨きがかかってきます。保存食としてソーセージを搭載した船で各地を旅する彼らによって、アフリカやアメリカ大陸などへもソーセージは広まっていきます。大航海時代のヨーロッパは各地で侵略・略奪を尽くしていたことが悪名高いですけれど、文化を伝えたという面もあります。当初、強い勢力を持っていたスペインのチョリソー、ポルトガルのリングィーサ系統のソーセージは今でも世界各国で食べられています。

日本でのソーセージの歴史

日本では奈良・飛鳥時代頃から仏教徒の関係もあり、一部地域・職業身分の方を除いて基本的には肉を食べるという文化はありませんでした。元々ソーセージは獣肉の保存のために発達した食肉加工法ですから、肉を食べない日本人にとっては関係も必要もない技術だったわけですね。ももんじやと呼ばれる店で肉を食べる人々もいましたし、外国人が行き来していた長崎などでは何らかの食肉加工法が伝わっていた可能性もありますが、記録に残っていないこともあってか日本での食肉加工については断定できない部分が多いようです。

そんな中、日本で発見されているソーセージについての最古の記録は1860年に派遣された万延元年遣米使節団の随行員の一人、森田岡太郎さんの記録であるとされています。彼は“味付けした豚肉を豚の腸へ詰め込んだものを、油で煮たもの”を食べたという旨を記述しています。ただし遣米使節団や留学したような人々はさておき、日本国内に住む日本人がソーセージを食べるようになったのはもっと後の話。日本でソーセージが作られるようになった時期についても、様々な欧米文化が取り入れられた明治ではなく、大正以降とされています。

ソーセージのイメージ画像

明治からドイツ人が横浜でハム・ソーセージ店を開いていたという話もありますから、ソーセージが存在していた可能性はあります。しかし主なお客さんは当時日本にお住まいの外国人であり、日本人にはほとんど知られていなかったそう。ソーセージの製法を確立した日本人はマーチン・ヘルツのハム・ソーセージ店に弟子入りした大木市蔵さんという説や、第一次世界大戦で捕虜としたドイツの人々に食肉加工法を教わった千葉県(習志野)の人々など諸説あります。外国との窓口であった神戸や長崎でも大正の間にはソーセージの製造がスタートしていますから、各地で元祖ソーセージ争いとなっていると言っても良いかもしれませんね。

ちなみに、ハムはソーセージよりも古くから日本に伝わっていたと考えられています。国内での製造についても1872年(明治5年)には長崎の片岡伊右衛門さんがアメリカ人のペンスニ氏から骨付きハムの製法を教わり、工場を作って製造を開始しています。翌年には北海道開拓使庁もハムの製造に乗り出していますし、鎌倉でもハムの製造が行われています。世界的な歴史としてはソーセージのほうがハムよりも古いものの、日本では明治から製造されていたハムの方ががソーセージ・ウィンナーよりも古くから食されているようなイメージがあるのかもしれません。

戦前の日本では“肉”のお値段自体が高く、ソーセージにしろ、ハムにしろ、肉を加工した商品は更に高価でした。大正頃には食肉加工技術がある程度知られてはいましたが、庶民が気軽にハムやソーセージを食べられるようになったのは昭和40年代頃と最近のこと。昭和40年代もしくは50年代頃までは、お高い肉をつかったソーセージよりも、安価で馴染みのある魚肉ソーセージの方が一般的でした。現在でもお中元やお歳暮の定番となっていますが、昔はまさに高級品だったわけですね。今でも魚肉ソーセージは家庭料理に活用されていますが、世代によってはソーセージ=魚肉の方が馴染み深いという方もいらっしゃるはずです。

おまけのソーセージ小話

古代ローマには“ソーセージ禁止令”があった

古代ローマ帝国で発展したソーセージ文化ですが、4世紀頃には盛り上がりに水を差される事態が発生します。それは当時のローマ皇帝コンスタンティヌスが“ソーセージ禁止令”を作ってしまったという件。法律でソーセージを禁止するってどういう事だと思いますが、これは宗教的な兼ね合いが大きく関係しています。コンスタンティヌス帝は313年にキリスト教を公認したローマ皇帝で、自身もローマ帝国の皇帝として初めてキリスト教を信仰した人物。彼によってキリスト教が公認されると、それ以前にローマで信仰されていた宗教が弾劾されるようになっていきます。

バレンタインデーの起源とされる古代ローマのルペルカリア祭であったり、冬至の祝日がイエス・キリスト降誕祭=クリスマスに置き換わったことも然り。コンスタンティヌス帝とキリスト教会はかつて行われていた(キリスト教からすると)異教のお祭りを禁止。祝祭の日に多く食べられていたソーセージも、異教の祭りを連想させるものであると目を付けられたというわけです。時代も地域も違いますが、南米のキヌアとかも同じ扱いを受けていますよね。

しかし、征服された南米の人々とは違ってローマ帝国の国民は強か。伝統的なお祭りは名目や形を変えて受け継がれていきますし、理不尽な“ソーセージ禁止令”についても反発します。表立って反発すれば最悪処刑という時代ですから、彼らは見つからないようにこっそりとソーセージを密造していだのだとか。この頃には嗜好品としての色も強くなっていますが、元々ソーセージは保存食でもあります。二重の意味で“ソーセージ禁止令”なんて守っていられなかったのかもしれません。公然の秘密といっても良いくらいにソーセージ密造は蔓延したため、結局“ソーセージ禁止令”は取り下げられることになりました。

イギリスでソーセージはバンガーズ(bangers)?!

日本でソーセージの名産地と言えばドイツの印象が強いですが、実はイギリスも結構なソーセージ消費国。イギリスの伝統的な朝食とされる“フル・ブレックファスト”にもソーセージは欠かせませんし、あのビクトリア女王にもソーセージにまつわる逸話があります。女王もソーセージは好きで食べていたそうですが、ケーシングの中に詰める肉は“挽いたものではなく刻んだもの”が良いと仰せになったのだとか。

そんなイギリスではソーセージのことを“sausage”ではなく“バンガーズ(bangers)”と呼ぶこともあります。イギリスやアイルランドでよく食べられている、マッシュポテトとソーセージをセットにしたバンガーズ・アンド・マッシュ(Bangers & Mash)という料理なんかが代表的です。ただでさえハンバーグという和製英語に振り回されている日本人からすると、ますます頭が痛くなる呼称ではないでしょうか。ハンバーガーの仲間? 牛挽肉で作るの? と思いがちな“バンガーズ”の語源と由来は、ハンバーグとはまた別物。

イギリスでソーセージを“バンガーズ”と呼ぶことが定着したのは第二次世界大戦頃。1919年頃までには加熱すると皮がバンと破れるという性質から一種のスラングとしてバンガーズという呼称は使われていたそうですが、戦争が始まると食肉が不足してソーセージにも変化が起こります。配給制によって肉の減少を余儀なくされたため、当時作られたソーセージは水でかさ増しされていたそう。水っぽいソーセージは肉をしっかり使ったものよりも更に破裂しやすかったため、バンガーズという呼び名が広く使われたと考えられています。ソーセージとは別物だ、という揶揄もあったような気がしますが…。

戦後は食料事情も安定し、イギリスで水っぽいソーセージが作られることはなくなりました。バンガーズという呼び名も俗語の一つとしては残っているものの、近年はソーセージ単体を指す言葉として使うことは少ないそう。バンガーズ・アンド・マッシュ(Bangers & Mash)のような料理名として残っている程度で、ソーセージをわざわざバンガーと呼ぶ方はほぼ居ないそうです。

参考サイト:The Mysterious Origins of a Food That’s Always Been Funny: The SausageWho Invented Sausage?ハムソベ史(日本ハム・ソーセージ工業協同組合)

製法が面倒くさいので最近作られるようになったのかと思いきや、かなり古くから原型と言えるものは存在していたソーセージ。そしてやっぱり古代ローマが出てくる、大抵の食べ物は古代ローマにあったらしい(笑)それよりも、歴史を調べるたびに古代ローマの庶民たちの強かさを見習いたいなと思います。お上に従っているふりをして、抜け道を着々と邁進しているという印象があります。面従腹背って良くない意味で使われることが多いけれど、理不尽な権力者に対抗するには必要不可欠なことだよなと思ったり。

ちょっと食欲が落ちる小ネタとしてソーセージ⇒男性器に似ている⇒結婚に関連するローマのルペルカリア祭で“精力増強剤”として使われたという説もあります。だから尚の事キリスト教が目くじらを立てた、と。信じるか信じないかはアタナ次第、な話ではありますが…個人的には無いと言い切れない感じがしてます。ちなみにルペルカリア祭はバレンタインデーの起源と言われるお祭り。そのうちどこかのメーカーが目をつけて、バレンタインソーセージとか売り出したりして。