【30秒でわかる】母の日とは – 起源、カーネーションの由来は?

【30秒でわかる】母の日とは – 起源、カーネーションの由来は?

【30秒でわかる】母の日の意味、起源とは

母の日とは、お母さんの苦労を労い、感謝を伝える日。
日本では5月の第2日曜日です。

母親へ感謝を示すための日は世界各国に存在しています。
アメリカのMother’s Dayも5月の第2日曜日。これは日本がアメリカの日程・風習に倣っているためです。同じ母親へ感謝を示す日でも、イギリスなど国によって日付が異なっていることもあります。

5月第2日曜日に行われる“母の日”の起源は、アメリカのアンナ・ジャービス。彼女が1907年に教会で行った母の追悼式が人々の心をうち、翌年から教会で“母の日”礼拝の開催がスタート。ここから1914年には国民の祝日として認められるほど普及していきました。

また、最初の追悼会でアンナは亡き母に白いカーネーションを捧げたと伝えられています。これが“他界した母には白、健在な母には赤(ピンク)のカーネーション”を胸に飾って母を讃えるという形に変化し、現在の母の日=カーネーションになりました。

母の日の由来・マメ知識

母の日の由来と歴史

現在日本でお祝いされている5月第2日曜日の“母の日”の起源は、上でご紹介したようにアメリカの記念日に由来しています。ですが、アメリカでの“母の日”制定や、日本での普及までには一言で表せない歴史があったりしますよ。

アメリカでMother’s Dayできるまで

アメリカでの母の日の起源は、アンナ・ジャービスが1907年に行った母の追悼式。

これだけ見ると、アンナさんが個人的に大切な母親を想ってのことから始まった、というように思いがちですが、その背景には母親であるアン・ジャービスさんが行ってきた活動があります。アンナ・ジャービスのお母様、アン・ジャービスという方は平和活動家でした。アン・ジャービスが活動していたのは、アメリカで南北戦争が行われていた時代。彼女は、敵味方問わず負傷兵の公衆衛生問題を改善するためにMother’s Day Work Clubsというものを立ち上げています。

また、アン・ジャービスは、ジュリア・ウォード・ハウという女性と共に、6月2日を”Mothers’ Day for Peace(母の平和の日)”創設を訴え働きかけています。”Mother’s Day For Peace” の趣旨は「母親たちが夫や息子が戦争で殺されないように」「武装解除して国際問題の友好的な解決」を促進するために団結しようというもの。こちらは1872 年に否決され、普及することもなく立ち消えになってしまっています。現在の「すべての母親に敬意を表する日」とは異なりますが、こうした母アン・ジャービスの活動が、娘のアンナ・ジャービスに影響を与えたのと考えられています。

アンナ・ジャービスが1907年に行ったのは個人的な追悼会のようなものでしたが、翌年からは“母の日”の礼拝に変わり、「すべての母親に敬意を表する」母の日の提案へと繋がっていきます。母の日制定活動も1908年に一度拒否されましたが、母の日は多くの人々の支持を集め、1914年には5月の第2日曜日が”Mothers’ Day(母の日)としてアメリカで正式に認められました。

日本で“母の日”が定着したのは戦後

今では当たり前のように日本でも行われている“母の日”。
ですが、日本で“母の日”の行事が定着したのは第二次世界大戦後と、そう古い話ではありません。

日本初の母の日行事は、1913年(大正2年)に青山女学院で行なわれた「母の日礼拝」とされています。それよりも前、海岸女学校時代から母の日普及への思いはあり、それを引き継いだ形で青山女学院で母の日が行われました。1913年を皮切りに、キリスト教関係の団体を中心に母の日行事が日本中へと広まっていきます。

しかし、当時の日本は日本帝国主義、ガッチガチの時代です。1931年には大日本連合婦人会が結成され、当時の皇后誕生日である3月6日を母の日とする活動も行われました。海外に由来する行事なんて!するなら我が国の国母様の、という感じだったのでしょうかね。

このキリスト教関係者v.s.大日本連合婦人会の争いに1つの決着がついたのが、1937年5月8日に森永製菓が豊島園で「森永母の日大会」を行ったこと。森永製菓がイベント化したことで、キリスト教関係者以外にも母の日を祝う文化が広がり、日にちもアメリカ寄りの5月という認識が多数派となります。

しかし、ここでまた問題発生。
第二次世界大戦が始まると、敵国アメリカ由来の行事であるとして、母の日のお祝いは禁止されてしまいます。このため、日本人が気兼ねなく自分のお母さんに“母の日のお祝い”を出来るようになったのは第二次世界大戦が終わってからと言えるでしょう。

母の日=5月の第2日曜日となったのも戦後のことです。

イギリスの母の日の起源は別?

母親に感謝を示す“母の日”は世界的に行われているものの、その日にちや由来は国によって異なります。
例えば、イギリスで母の日に該当するのはMothering Sunday(マザーリングサンデー)。日付も四旬節(復活祭の46日前から復活祭前日までの期間)の第4日曜日となっています。大体3月頃ですから、別行事のように思えますね。

四旬節が出てくることからもわかるように、Mothering Sundayはキリスト教系の行事。自分の母親ではなく、母教会(各地方の本部、もしくは個人が洗礼を受けた教会)を讃え、供物を捧げる祭日でした。後の時代には、母親や家族とともに母教会を訪れる日、そのために奉公人・使用人が休暇を貰える日になっていたようです。

どちらにせよ教会主体の行事だったMothering Sundayが変化したきっかけは、アメリカで母の日が祝日として制定されたこと。ここでもアンナ・ジャービスさん登場です。アメリカ文化の影響もあって、現在のイギリスでは「母親と母性を祝う」世俗的なお祝いとして親しまれているそう。もちろん、宗教行事として母教会を訪れる方もいらっしゃいます。

国際女性デーもある

母の日と似て非なる記念日として、3月8日の国際女性デー(International Women’s Day / IWD)もあります。こちらは国連が定めている国際デーで、全世界共通の日付です。

国際女性デーは「女性の地位向上」や「女性差別の払拭等」など、母の日よりも社会的な取り組みがテーマとなっている日。1975年に制定され、国によっては公式な祝日としている日もあります。

国連が定める国際女性デーのテーマは、女性の権利や地位など社会・政治的なもの。ですが、それとは別に女性に贈り物をする、母や祖母などに子供がプレゼントを贈る、などの風習がある国もあります。このため国によっては母の日に近い記念日、という認識のこともあるようです。