新石器時代のブドウ(葡萄)はワイン用!
-ブドウ栽培の起源と歴史を追跡
- 果物 食品類のルーツと歴史
- 果物, 語源
果物としてはもちろんの事、ワインの原料としても欠かせないブドウ(葡萄)。古代ローマを舞台とした作品などでもワインを飲んでいるシーンがありますし、キリスト教でもワインは欠かせない存在です。美術品のモチーフとしても使われており「古くからあるんだろうな」とイメージしやすい果物の1つではありますね。
ですが、どのくらい古くからあるのか? いつ頃から人間はブドウを口にしていたのか? という話になるとイメージしにくいですよね。今回はそんなブドウの長い歴史を、重要な部分を中心にまとめました。そもそもブドウって何という種類や語源も簡単に紹介します。
ブドウ(葡萄)とは? 概要と語源
葡萄(ブドウ)の概要
そのまま食べるフルーツとしても、ワインの原料としても、私達にとって馴染み深いブドウ。
私達が普段使っている「ブドウ」や「グレープ(Grape)」という呼び名は、ブドウ科ブドウ属(Vitis)に属す樹木、もしくはその果実のことを指す言葉です。
果物としてのリンゴ=セイヨウリンゴ(Malus domestica)のように種が断定されていないのは、食用利用されている種がいくつかあるため。古い時代から各地で自生していたものも多く、例えば、日本のヤマブドウも学名Vitis coignetiaeという野生種として分類されています。シャインマスカットから山ぶどうまで、様々な実をつけるブドウ属果樹の総称=ブドウというわけです。
ブドウの品種は様々、でも“種”はほぼ一緒
ブドウ属の植物は数十種もあります。果実としてのブドウでも、果皮の色から白ぶどう系、黒(紫)ぶどう系、のように大きなくくりで分けられることもありますね。用途によって、青果として食べる食用品種(table grapes)、美味しいワインを作るのに適したワイン用品種(wine grapes)という区分もあります。
世界中には様々な“ブドウ”がありますが、実は果樹として商業的に栽培されているブドウは、ヨーロッパブドウと呼ばれるヴィニフェラ種(Vitis vinifera)系統品種が大半を占めています。特に日本で口にする機会が多いブドウは、ほぼヨーロッパブドウ系と言っても過言ではないほど。マスカットもピオーネも、ワインに使われるシャルドネもグルナッシュも、全てヨーロッパブドウ/ヴィニフェラ種系の品種なのです。
ただし、シャインマスカットや巨峰、キャンベルなど、日本でポピュラーな生食用品種は“ヴィニフェラ系交雑種”という位置付け[1]。育て訳す、かつ美味しいブドウの果実が出来るように、アメリカブドウなど別のブドウ属植物と後輩・品種改良を重ねて完成した栽培品種です。
葡萄(ぶどう)の語源と由来
日本で使われている“葡萄”は、中国の言葉“葡萄”に由来しています。
まるっとそのままですね。
中国でブドウを葡萄と呼ぶようになったのは、フェルガナ地方(現在のキルギスタン・ウズベキスタン)で使われていたブドウの呼び名「Badeh」もしくはギリシア語でのブドウ「botrus(βότρυς )」の音を拾ったためだとか[2]。漢字表記は同じものの、中国での発音はBadehでもbudowでもありません。フェルガナ語から中国の言葉になった際に中国の方が言いやすい発音に転訛、中国から日本に伝わった際に日本人が言いやすい言葉に転訛、と少しずつ元の言葉と変わっていったのでしょう。
レーズンの語源は?
日本語でも英語でも、ブドウを乾燥させたものはレーズン(Raisin)と呼びます。
ドライフルーツで乾燥ブドウやdried grapeではなく、固有の呼び名で定借しているというのは珍しいのではないでしょうか。
レーズン(Raisin)という英語は古フランス語が由来とされ、更に遡るとラテン語でブドウの房を意味するracīmusという言葉に行き着きます。乾燥状態を指す言葉ではないんですね。フランス語でのraisinも、生の状態でのブドウを指す言葉。乾燥したブドウ果実は“Raisin sec”と言います。
ちなみに、海外小説やドラマの翻訳では「スグリ」という呼称が登場することもあります。スグリは日本語の呼び方で、英語ではcurrant(カランツ) 。どちらもスグリ属に属す樹木や果実を指す言葉ですが、ドライフルーツとしてはヨーロッパブドウ系品種のブラック・コリント(Black Corinth)もしくはザンテ・カラント(Zante currant)という小ぶりで黒っぽい実をつける品種で作られたレーズンを指します。品種の呼び名から、レーズンの種類としてスグリが使われるようになったようです。
ブドウの起源と歴史
野生種を含めると、ブドウは世界中に古くから存在していました。人が食する果実としても歴史が古く、ブドウは世界最古の果物の一つと称されるほど。東アジアにも北米にも古くからブドウ類の植物は自生し、人間はそれを食用としてきました。
人が栽培しているすべての種と歴史をまとめると、一冊の本や研究論文を超えるほどの分量になるでしょう。それは研究者にお任せして、ここでは今私達が食べている多くの品種のルーツであるヨーロッパブドウ(ヴィニフェラ種/学名Vitis vinifera)の簡単な歴史を紹介します。
古代のブドウとワイン
ヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)の原産は、中近東と考えられています。DNAでの分析では、トルコのアナトリアにある野生種が、より原種に近いという報告もあります。いつ頃からブドウの栽培が始まったかは定かではありませんが、ブドウを加工して作るワインの痕跡もあり、新石器時代のうちにはブドウ栽培も行われていたと考えられています。
ワインは紀元前6,000年頃、もしくはそれ以前から作られていたと推測されています。これは南コーカサス、ジョージアにある、新石器時代のガダクリリ・ゴラ(Gadachrili Goraa)遺跡とシュラヴェリ・ゴラ(Shulaveris Gora)遺跡の発掘調査が根拠になっています。この時に発掘された瓶には、酒石酸/酒石酸塩などが含まれていることが認められており、ワインの保存に使われていたと推測されています[3]。
紀元前4000年~紀元前3000年頃までに、ブドウの栽培は小アジアやギリシア・エジプトなどへも広がって行きました。ガダクリリ・ゴラ遺跡発掘よりも前に“最古のワイナリー”して話題になったアルメニア、アレニ村の遺跡も紀元前4,100年~紀元前4,000年頃のもの。
エジプトでも王朝以前の時代からワインを輸入していたという説もありますし、古王国時代には王侯貴族がブドウ果樹園とワイナリーを作りワインを楽しんでいたそうですよ。新王国時代に入ることにはワインはもう少し親しみやすい存在になっていたものの、紀元前11世紀頃、ラムセス時代のワインはビールよりも約5倍から10倍と結論付けられています[4]。
高価で貴重な存在だったためか、色や風味の影響もあってか、古代エジプトでワインは神様への捧げ物、王を埋葬する時の副葬品としても使われています。
古代ギリシア・ローマ帝国でのブドウ
ギリシア北部でも紀元前4000年頃から、ワイン醸造が行われていたことが発掘調査でわかっています。この頃に作られていたワインは野生ブドウを利用していたとの見解もありますが、紀元前3000年にはクレタ島やトラキア島にヒッタイト人からブドウ栽培が伝えられ、ギリシャ人とフェニキア人によって西ヨーロッパや南ヨーロッパにブドウ栽培が広められていきます。紀元前1500~1000年頃の古代ギリシアでは、ワインを作るために大きなブドウ園も作られていました。
アルメニアやエジプトなどもそうですが、当時のブドウは果物として食べるのではなく、ワインを作るための材料としての役割が主だったと考えられています。ワインが重要視されていたのは嗜好品としてのアルコール摂取目的ではなく、当時の都市では安全な飲み水を確保しきれていないという面もあったのだとか。また、古代人はワインを食事一緒に摂ることで、消化を助け健康にも良い、と考えていたため、小さな子供でも水で薄めたワインを飲んでいたそうです[5]。
紀元前2世紀、ローマはマケドニア王国を滅ぼして古代ギリシャ世界を征服します。その後も古代ローマ帝国はヨーロッパ各地へ遠征し、地中海沿岸地域を中心に、今のフランスやスペインあたりまで支配地を増やしていきます。こうして支配した土地にもローマはブドウ農園を作っていったため、北アフリカからヨーロッパにかけて広い範囲でぶどうの栽培が行われるようになりました。
1世紀のローマの博物学者ガイウス・プリニウス(大プリニウス)はブドウとワインの種類を記録しています。西暦2世紀には、ドイツのライン渓谷がワイン産地としてブランド化されていました[5]から、栽培に適した土地、もしくは土地に合うように品種改良もされていた可能性が高そうです。古代ローマと言えば野菜・果物から採卵用ニワトリまで、様々な品種改良をしていましたしね。
宗教的な意味合いでのブドウ/ワイン
キリスト教でワインは、特別な意味を持つ飲み物として扱われています。礼拝(ミサ)の時に聖体拝領で使われるのは、キリストの血と肉にあたる、ぶどう酒(ワイン)とパン。ワインはキリストの血に見立てられています。キリストが行った奇跡のエピソードにも「水をワインに変える」というものがありますね。
また、ワインではなく“ブドウ”そのものについても、キリストと神様の例えとして使われています。例えば、新約聖書には以下のような行があります。
わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。
15:2 わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。引用元:ヨハネによる福音書15章1~2節
キリスト教では信仰のシンボルのようにワインや、その原料ブドウを扱ってきました。キリスト教よりも古い時代である古代エジプトでも、ワインは神様や王への捧げ物として使われた飲み物。ギリシア神話にもディオニューソスという豊穣とワインの神様がいますし、ディオニューソスはローマ神話に組み込まれ“バッカス”になりました。バッカスというと“酒神バッカス”と訳されることもありますが、ここでの“酒”はワインのこと。
ワインの神様がいるくらいに、古代ギリシアやローマでもワイン、その原料であるブドウは大切にされていたわけです。ブドウの栽培地・栽培方法を確立させた古代ローマ帝国では、バッカスだけではなく他の神様を讃えるお祭りのときにもワインは多用されました。
後に古代ローマではキリスト教が力を持ちはじめ、後に国教として認められます。キリスト教は冬至祭をクリスマスに、などキリスト教以前の宗教的行事や価値観を上書きするような方法を採用することで、支配力を強めていきました。ギリシア・ローマの風習を上書きする意味でも、キリスト教はワインをキリストの血など宗教的に重要な位置に置いておきたかったのかもしれません。
中世以降のブドウとワイン
ローマ帝国が弱体化・分裂すると、ブドウ栽培の主権はキリスト教会に移りました。フランスなど一部では王侯貴族によるブドウ栽培も行われていましたが、ヨーロッパ全体で見るとローマ帝国自体よりもやや衰退したような状態であったようです[5]。
しかし、10世紀以降ヨーロッパは中世の温暖期と呼ばれる時期に突入します。今まで気候的にブドウ栽培は無理、と考えられていた地域でもブドウが植えられるようになり、ワインの生産量も増えていきました。富裕層だけではなく一般庶民もワインを口にする機会が増え、上流階級向けにより良質なワインの作り方・熟成保存方法等も確立されていきます。
大航海時代に入ると、ヨーロッパの人々は世界中へと移動し、征服した土地へ移住するようになります。彼らはワインを製造するため、入植先した土地でもブドウを植えていきました。この結果、オーストラリアやアメリカ大陸でもブドウの栽培が行われ、栽培に適した気候圏では世界中と言って良いほどブドウの栽培が行われるようになりました。
アメリカでも16世紀頃からブドウの木は植えられています。また、アメリカにはアメリカブドウ(Vitis labrusca)自生していたこともあり、その野生種の栽培品種化も進められました。そこから、ヨーロッパブドウとアメリカブドウの交配種、アメリカブドウを台木としてヨーロッパブドウを接ぎ木させる栽培方法なども確立していきました。
生食用ブドウはいつから?
ブドウの歴史を見ていくと、古くから栽培されてきたブドウはほぼワイン用だという事がわかります。ブドウをそのまま食べる、とう事もあったのでしょうが、古代や中世でブドウはフルーツとしてはあまり重視されていなかったようですね。
ブドウをフルーツとして食べることが注目され、食用品種(table grapes)の確立へと繋がるきっかけは16世紀。フランス国王フランソワ1世が、デザートとしてぶどうを食べることを好んだためと考えられています[5]。王様が好んで食べるので右に倣うもの、真似て食べてみたら美味しかったという方もいたようで、フランソワ1世の治世から生食用ブドウが注目され人気が高まったようですよ。
日本でのブドウの歴史
日本でも弥生時代の遺跡などからブドウが発掘されていますが、これは現在私達が主に食べているブドウ(ヨーロッパブドウ)とは異なる“ヤマブドウ”と呼ばれる類のもの。ヨーロッパブドウが伝わって栽培されるようになった時期については断定されていませんが、ヨーロッパブドウ系品種の“甲州”葡萄は鎌倉時代から栽培されていると伝えられており、江戸時代には甲州の名産品となっていました。このため、奈良~平安時代頃にはヨーロッパブドウが輸入もしくは発見されていたと考えられています。
明治に入ると、欧米から様々なブドウの品種が取り寄せられました。ワイン作りに適したヨーロッパブドウ系統は日本の気候に合わず、最初はアメリカブドウ系品種が栽培されました。しかし、育てられたアメリカブドウ系統の品種は、ワインを作るよりも、青果として使われることが多かったようです。
果物として広まったことで、美味しく食べされるブドウ作りにも力が注がれます。日本の気候でも育てやすく、かつ日本人が好む風味を目指してヨーロッパブドウ系品種とアメリカブドウ系品種が交配され、日本独自の品種が作られるようになりました。現在でも、日本で生産されているブドウは、ワイン用よりも生食用の方多いです。
【参考サイト】
- ブドウ品種の一覧
- ブドウ/葡萄/ぶどう – 語源由来辞典
- Early Neolithic wine of Georgia in the South Caucasus
- Wein im Alten Ägypten
- How Grapes Changed the World
古くから使用されてきたブドウ。古代の人もワインは飲んでいるよな~というイメージはありましたが、生食用としての美味しいぶどうよりも、ワイン原料としてのブドウの方が圧倒的に歴史が古いのは意外でした。水に悩むことが少ない日本人にとっては、果汁やそれを発酵させたお酒が水分として重要というのは、馴染みのない考え方なのではないかと思います。
ともあれ、ブドウの大半をそのまま食べるために栽培している日本って結構レア。世界的に見るとワイン用の方が栽培・収穫量は圧倒的に多いのです。日本人の品種改良への情熱もあってか、英語版サイトでも「日本のブドウ品種」という項目があったりしますから、果物としてのブドウのレベルは高いのではないかなと思います。
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