ポップコーンの起源と歴史
-5600年前から存在する世界最古のスナック菓子?!

ポップコーンの起源と歴史 <br />-5600年前から存在する世界最古のスナック菓子?!

映画館では定番となっているスナック、ポップコーン。家で映画を見る時にあると気分が上がるんだよなという方や、ディズニーランドに行ったら必ず買う・ポップコーンバスケットを集めたという方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。今でこそチェロスやプレッツェル・サンド類など色々なものがありますが、昔から馴染みのあるお菓子=ポップコーンと言っても過言ではないのでしょうか。アメリカンスナックなイメージのあるポップコーンの起源から、なぜ映画のお供として親しまれるようになったのかなど、ポップコーンの歴史についてまとめてみました。

ポップコーンとその起源について

ポップコーンについて

スナック菓子としてお馴染みのポップコーン。
さっくりと柔らかい歯ごたえと“軽さ”が他のスナック菓子には無い魅力。シンプルで素朴な味わいからか市販されているスナック菓子類の中でも売上トップとは言い難いものの、安定したポジションを保っています。他の主要スナック菓子類よりも低カロリーで、食物繊維も豊富な事から女性を中心に再評価されつつあるという面もあります。また、近年は“グルメポップコーン”と呼ばれるキャラメルやチーズ・果物などの味付けをされた専門店が続々と出店し、一時間以上の行列店となっていることも話題になっていますね。専門店で販売されているグルメポップコーンは個性的な様々な味を楽しめることに加え、油を使わずに熱風だけでトウモロコシを破裂されるエアーポップという製法で作られているのも人気の一端だとか。

火に掛けるだけ・電子レンジで作れるポップコーンキットなども販売されていますし、ポップコーン用のトウモロコシ粒を購入しておけば案外手軽に作れるという点も人気です。昔ながらの作り方としては油をひいたフライパンやお鍋などで軽く炒め、蓋をしてフライパンを揺すりながらポップするのを待つというもの。ですがもっと手軽に乾燥トウモロコシ(ポップコーン用)を紙袋や容器に入れてレンジでチンするだけでもポップコーンになります。油を使わないからヘルシーですし、100均でもポップコーン用の乾燥トウモロコシが買えることもあって、気軽に自分好みに作れるお菓子としても人気になっています。

ポップコーンのトウモロコシは爆裂種

ポップコーンは呼び名に“コーン(corn)”と付くように、トウモロコシが原料ですが、野菜として食べているトウモロコシを乾燥させて油で炒ってもポップコーンにはなりません。これは使用されるトウモロコシの品種が違い、ポップコーンの原料は爆裂種(ポップ種)と呼ばれる系統のものが使用されているため。野菜として使っているトウモロコシはスイートコーン(甘味種)と呼ばれる品種系統で、その他にもコーンスターチの原料となるデントコーン・工業用に使われるフリントコーンなど用途と性質に合わせた様々な品種群があります。

ポップコーンの原料となる爆裂種の特徵は、粒が小さめで皮が非常に硬いこと。
爆裂種トウモロコシを火に掛けると、中に含まれている水分が気化しようと膨張します。しかし硬い皮に邪魔されて膨らむことは出来ず、内側では水分が沸騰・膨張し続けるので内部の圧力はどんどん高まっていくという状態になります。そのまま圧が強まってきて硬い果皮でも限界を迎えたら、パンと弾けるように果皮が割れ、同時に急速に圧力が低下します。圧力が下がることで粒の中身のでんぷんがスポンジ状膨張して外側に飛び出します。この状態が私達にもお馴染みのポップコーンです。

対して、茹でたり焼いたりして食べているスイートコーンは皮が薄く柔らかいため、圧力を貯め込むこと無く膨張した水分(水蒸気)を外へ逃してしまいます。なので乾燥したスイートコーンを加熱しても弾けてポップコーンにはならず、ただ焦げ付いていってしまいます。爆裂種は皮が非常に硬いので一般的な野菜のように調理して食べるのには適していませんが、この特性のおかげでポップコーンになるというわけですね。

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ポップコーンの起源

スナック菓子として現在でも親しまれているポップコーンですが、食べられ始めたのは現在よりもずっと古い時代であった事がわかっています。というのも1948年にニューメキシコ州の洞窟遺跡の中から、ポップコーンの痕跡が発見されているため。炭素年代測定の結果、ニューメキシコ州の洞窟遺跡は紀元前3600年頃のものとされています。そこでは焚き火の中に乾燥したトウモロコシ(爆裂種)を投げ入れ、破裂して飛び出してきたものを食べていたと考えられています。

ポップコーンになる爆裂種に限らず、トウモロコシ類全体としてみれば紀元前5000年前後にはメキシコ周辺で大規模な栽培が行われていた事が分かっています。ジャガイモと並ぶアメリカ大陸の主食であり、主要農産物ですね。オルメカ文明やマヤ文明では多様なトウモロコシを栽培・利用していたことが分かっていますが、それよりも昔、つまり今よりも5600年くらい前には、既にネイティブアメリカンやメキシコ先住民達の間で爆裂種の存在が認められていたことが遺跡からうかがえます。

このニューメキシコ州の洞窟遺跡が発見されているポップコーンの遺跡としては最古とされていますが、歴史を考えると更に古くからトウモロコシを炒って破裂させたポップコーンが食べられていたのではないかという見解もありますよ。更に年代が新しくなるとペルー・グアテマラ・メキシコなど様々な場所からポップコーンが発見されていますから、メソアメリカでは知られた存在であったと考えられます。

余談ですがアステカの人たちは食料として以外に、ポップコーンを衣服や他の儀式用装飾品にも使っていたそうです。アステカ神話にはトウモロコシの神様“センテオトル”がいらっしゃいますし、それよりも古いマヤ文明の農業神“ヤム・カァシュ”もトウモロコシの冠がシンボル。どちらの文明も主食はトウモロコシであったことが分かっていますから、神様への感謝を示すアイテムとしてもポップコーンが良いと感じられたのかも知れませんね。アステカの風習や宗教を研究していたフランシスコ会修道士サアグンが記したとされる書物には“トウモロコシの房のようなポップコーンの花輪”を見たという記述もあるそうです。

ポップコーン普及の歴史とは

入植者達のスナックとしても定番に

ヨーロッパ人がアメリカ大陸に足を踏み入れるよりもずっと昔から、トウモロコシやポップコーンはネイティブアメリカン達によって食べられてきました。コロンブスの新大陸到達以降になるとトウモロコシなどの作物はヨーロッパへも紹介され、航海士や修道士によってポップコーンの製法も伝えられます。しかしヨーロッパでは伝来当初トウモロコシを家畜の餌として栽培・利用されたため、人間用の食物としては普及しなかったようです。

とは言っても、畑があって小麦や野菜が手に入っていたヨーロッパの人々はさておき、16世紀から17世紀頃にアメリカに移住した初代移民たちは開拓からのスタート。気候や土壌の異なるアメリカでの開墾は順風満帆とは言えない状況で、現地の人々が食べているものを選り好みせずに食べる必要性も出てきます。アメリカでは農業が上手くいかないままで冬を迎えてしまった際に、親切なネイティブアメリカンが提供してくれた食料にポップコーンが含まれていたという逸話もあるそう。

爆裂種トウモロコシとポップコーンのイメージ

やむ終えずか食べてみたら美味しかったのかは分かりませんが、ヨーロッパ系移民の人々はポップコーンを生活の中に取り入れるようになりました。スナック感覚で食べるだけではなく、現在のシリアルのように牛乳や砂糖をかけて朝食に食べることもあったのだとか。1800年代になると最も人気のあるスナック食品と呼ばれるほどの地位を確立します。ちなみにポップコーンという呼び名が一般的になるのは1840年代。19世紀初頭まではポップコーンと言う言葉はまだなく、PearlやNonpareilと呼ばれていたそう。

19世紀半ば頃になるとアメリカ北東部を中心に少量の糖蜜やハチミツを掛けた甘いポップコーンが流行し、家庭で作るものだけではなく雑貨屋やサーカス・カーニバルなどの売店でも販売されるようになります。そして1895年にはシカゴでチャールズ・クレーターズがポップコーンの移動製造機を発明。このストリートカートタイプの移動製造機のおかげでポップコーンを販売する際にも調理場をわざわざ設けなくて良くなり、あちこちでポップコーンが販売されるようになっていきます。

店舗数が増えるとお店が考えるのは他店との差別化。販売店はそれぞれポップコーンの風味にも工夫を凝らすようになっていきます。1893年のシカゴ万博では、リュックハイム兄弟がキャラメルがけポップコーンにピーナッツをミックスした “Candied Popcorn and Peanuts” を発売。これを元に1896年には「Cracker Jack(クラッカージャック)」という商標で生産・販売がスタートします。

大恐慌と映画とポップコーン

1930年前後のアメリカは歴史的な金融大暴落が発生し、世界大恐慌と呼ばれる期間に突入します。アメリカ経済は繁栄の極みから奈落の底へと転落し、インフレによって様々なものの値段が上がっていきます。そんな中でポップコーンの販売者は原材料費を抑えるため、塩味のポップコーンを一袋で5~10セントで販売ほとんど値段の変わらないポップコーンは不況の最中でも人々に支持され、変わらず食されていたのだとか。

話は代わりますが、世界恐慌によって崖っぷちに立たされたビジネスには映画館があります。
恐慌前のバブリーだった時代、欧米では宮殿を参考にしたピクチュア・パレス(ムービー・パレス)と呼ばれる豪華絢爛な映画館が流行。1925年から1930年の間には毎年数百館が開館していたそうです。こうした映画館が建てられてるようになった頃、アメリカではスポーツやサーカスなどありとあらゆる場所でポップコーンを食べながら鑑賞するという事がポピュラーになっていました。しかし雰囲気とポップコーンは不釣り合いである、劇場が汚れるという理由から映画館ではポップコーンの販売や持ち込みを拒否していました。

そんな中で起こった大恐慌。
豪華絢爛バブリーな映画館も次々閉鎖に追い込まれ、生き残りをかけた方向転換を強いられます。幸い、暗鬱とした日々の中でも一時の娯楽を求めて映画館に向かう人々は結構いたのだとか。持ち込み禁止のポップコーンをこっそりと隠し持って映画館に行き、ポップコーンを食べながら映画を見るというのは人々にとってささやかな贅沢だったのだそうです。

そこで映画館のオーナーもポップコーンの持ち込みを許可。ポップコーン販売者に対しても、売上の一部を渡すのならば屋外にポップコーンスタンドを設置して販売することを認める映画館が増えていきました。ポップコーンの売れ行きはよく、館内へのポップコーンの持ち込みを認めた店は売り上げが大幅にアップしたそうついにはポップコーン売上の利益を丸取りしようと映画館内でポップコーンの調理販売を行うオーナーも出てくるほどになり、現在のように映画館ではポップコーンが売られているのが定番となっていきました。

第二次世界大戦の時にも砂糖などの供給が減少する中で、塩味のポップコーンは手に入りやすい存在だったそう。世界恐慌時も世界大戦時も、変わらずにポップコーンは庶民に食され続けたスナックだと言えます。イギリス人にとってのフィッシュ・アンド・チップスが、アメリカ人にとってのポップコーンに該当するのではないでしょうか。

ポップコーンとコーラの組み合わせイメージ

そんなポップコーンに陰りが見えたのは1950年代頃、家庭用テレビが普及した時期家でTV番組が見られるようになると映画館へ行く人が減少し、映画のお供として販売されていたポップコーンの売り上げも減少してしまいます。百年くらい前までは家庭でも作られていたポップコーンですが、20世紀半ばともなると火加減が難しい・面倒などの理由から家庭で作られることも減っていたそう。袋菓子として親しんでいる日本人からすれば「なら買っておけば良いのでは」と思いがちですが…出来たてでホカホカのポップコーンの美味しさは格別ということでしょうか。

アメリカではポップコーンの売上回復のため、家庭で簡単にポップコーンが作れるキットが発売されます。日本でも見かける、アルミ箔製のフライパンのようなものを火にかけるタイプの商品ですね。更に1981年には家庭の電子レンジでポップコーンが作れるキットも登場。映画を見る時にはポップコーンが欠かせないという下地もあって、家でテレビや映画を見る時のお供としてもポップコーンが食べられるようになりました。

日本でのポップコーンの歴史

日本にポップコーンが入ってきたのは第二次世界大戦の後、アメリカ軍が駐在するようになってからという説が一般的です。しかしオリジナルポップコーン.comさんのサイトでは、それ以前から四国など一部地域ではトウモロコシを破裂させたポップコーンのようなものを食べていた可能性も紹介されています。トウモロコシについても天正年間にフリント種が長崎へと持ち込まれていること・稲作に向かない地域で栽培されていたことは分かっていますから、江戸末期から明治頃に日本でもポップコーンが食べられていた可能性は高いように感じます。

ともあれ、戦後は米軍相手にポップコーンの販売・日本へもポップコーンを普及させようという流れになっていきます。日本のポテトチップス製造の元祖と言われる濱田音四郎氏も、米軍基地内でポップコーンの販売を行っていたそうです。1957年(昭和32年)になると国内初のポップコーン製造会社マイクポップコーンが設立され、日本初となる袋入りポップコーン「マイクポップコーン」の販売が開始されます。映画館での販売もスタートし、日本でもポップコーンが着々と普及していきました。

ポップコーン小話

ポップコーンの形は2種類ある

私達の周りには様々なメーカー・味付けのポップコーンがありますが、形として弾けた様に開いた形状・くるりと丸まった球状の大きく2種類に分かれています。開いた形のポップコーンはチョウチョが羽を開いたように見えることから“バタフライ型”球のような形をしているものは“マッシュルーム型”と呼ばれています。バタフライ型の方はサクサクとした食感とボリューム感があるので一般的なポップコーンとして利用されており、マッシュルーム型の方はキャラメルポップコーンなどソースを絡めるタイプに用いられることが多くなっています。マッシュルーム型の方が食感もフワッと軽い感じでですね。

ちなみに加熱した時の形状が違うのは製法ではなく、使われるトウモロコシの穀粒が違うため。粒の状態からしてバタフライ型は細長め・マッシュルーム型は丸みが強いと違いがあるのですが、馴染みのない人間としては並べて見ないとわからない程度に感じます。昔は同じ穂軸からバタフライ型とマッシュルーム型の両方が採れていたそうですが、現在は100%単一タイプが出来るように品種改良されているそうですよ。

アメリカではクリスマスツリーの飾り付けに使う

日本でクリスマスツリーと言えば、オーナメントやモール・電球で飾り付けるものというイメージがあります。しかしアメリカでは“ストリングポップコーン(stringing popcorn)”もしくは“ポップコーンガーランド(popcorn garlands)”と呼ばれる、ポップコーンとクランベリーを糸で繋いだものをツリーの飾りに使うのが伝統的なのだとか。絵本などで登場すること、お金をかけずに手軽に作れることから、日本でもDIYする方がいらっしゃいますよね。

アメリカでなぜポップコーンをクリスマスツリーの飾りに使ったかと言えば、身近で安かったからだとか。古くからキリスト教国では用意されていたような印象のクリスマスツリーですが、普及したのは19世紀半ば頃と比較的最近のこと。それまではアメリカでは一部のドイツ系移民が用意していたくらいだったそう。そんな地方色の強かったクリスマスツリーが、どの家庭でも設置されるようになったのは1848年にビクトリア女王がクリスマスツリーを設置した事がきっかけとされています。

女王の夫となったアルバートはザクセン公=ドイツ系だった関係だそうです。イギリス王室の宮殿に飾られたクリスマスツリーが“ロイヤル・クリスマス・ツリー”としてイラスト付きで新聞に掲載されると、一転してヨーロッパや北アメリカでもクリスマスツリーを飾ることが流行します。と言っても一般家庭でゴージャスな飾りを用意するのは大変なので、当時は各自で手作りして装飾していました。そこで入手しやすく雪のような見た目のポップコーンを糸で繋ぐことでツリーを装飾にすることを思いついたのだとか。ドイツで使用する小ぶりなリンゴの代用として、アメリカでは冬の果物であったクランベリーを使い、ポップコーンと一緒に紐で繋ぐようになったと考えられています。何百年も前にアステカの人々もポップコーンを装飾に使っていたことを考えると、ちょっと皮肉な巡り合わせにも感じられますが。

現在では世界中でツリーの飾り付けのための商品が販売されていますが、伝統を守ろうという意識の高まりであったり、ハンドメイドの流行もあってか、昔ながらのストリングポップコーンを作る家庭もあります。作る際にはできたてのポップコーンに紐を通すと割れてしまうので、一晩置いてからが良いのだとか。マッシュルームと呼ばれる丸いタイプのポップコーンを使えばコロコロと可愛らしい印象に、バタフライと呼ばれるランダムに弾けた形状のものを使うとふんわりした雪っぽい印象になりますよ。

クリスマスツリーの由来・歴史はこちら>>

参考サイト:The History of Popcornpopcorn: a “pop” historyジャパンフリトレー株式会社Popcorn on the Christmas Tree?

時々無性に食べたくなる、映画館に行くとつい買ってしまうポップコーン。ネットでレンチンで作れるという情報をキャッチしてからは、ダイソーさんのポップコーン用トウモロコシが常備品になっています。塩コショウやバターなどベタなものも勿論美味しいですが、個人的にはワサビふりかけを合えるのが気に入っています。ポップコーンフレーバを買わなくても、身近なシーズニングやふりかだけでも結構遊べますので是非お試しあれ(笑)

FilmmakerIQ.comからアップされている解説動画「The Science & History of Popcorn – The Snack that Saved the Movies」では映画館の利益の半分近くがポップコーンなどのフード類の販売であるという事も紹介されています。チケットを買って映画を見てもらうだけだと、映画会社への支払いなどに当てる分があるので利益があまり出ないのだとか。日本とアメリカでは違うところもあるかも知れませんが、大恐慌の頃から映画館とポップコーンは切っても切れない関係なんですね。私は子供の時に「ポップコーンは音が出ないから映画館で食べても良い」と教えられた気がしますが^^;