クリスマスツリーはドイツ発祥?
-ツリーの歴史・オーナメントの意味とは?

クリスマスツリーはドイツ発祥?<br/ >-ツリーの歴史・オーナメントの意味とは?

12月になると至るところでロマンチックな輝きを見せてくれるクリスマスツリー。点灯式がちょっとしたイベントになっている施設も多く、ニュースで取り上げられることもありますよね。シンプルな清楚系からゴージャス・巨大ツリーまで日本にも様々なクリスマスツリーがありますが、なぜキリストの降誕をお祝いするクリスマスに“木(ツリー)”の飾りが定番になっているのか…考えてみると不思議ではないですか? クリスマスツリーを飾る意味や歴史、意外と知らないオーナメントの由来を紹介します。

クリスマスツリーとオーナメントの意味

クリスマスツリーとは

クリスマスツリーはクリスマスをお祝いするために飾り付けられた木のこと。クリスマス・キャロルでは和訳『もみの木、もみの木』と歌われるように、モミを筆頭とした常緑樹にオーナメントや電飾などで飾り付けをされたものがポピュラーとなっています。

日本でもクリスマスツリーはクリスマスのシンボルと言えるほど定着していますが、クリスマスの本題であるイエス・キリスト降誕のシーンには“木”にまつわるエピソードはありません。イエス様は木の下で生まれたり悟りを開いたりしていませんからね。ではクリスマスツリーは何を意味しているのかと言えば、旧約聖書の『創世記』でエデンの園にあったと描かれている“知恵の樹(善悪の知識の木)”であるというのが通説。一見イエス・キリストとは関係のなさそうな知恵の実。しかしイエス・キリストが救世主として崇められている理由は、『創世記』の中でアダムとイブがエデンの園で禁じられていた“知恵の樹の実(禁断の果実)”を食べてしまったというエピソードにまで遡ります。

禁じられた果実を食べた二人を先祖とする全ての人類は神に対する不服従の罪=原罪を持って生まれるというのがキリスト教の考え。この二人の過ちによって人類が背負った原罪を救済するためにイエスが降誕し、死ぬことで人々に救済の道を示したと考えられています。クリスマスツリーの起源としてはキリスト教以前の宗教との関わりが強いとも考えられていますが、あえて“知恵の樹”と言うことでイエスがなぜ人の姿をとって地上に降誕してきたのかを考えなさいよというメッセージ性も込められているのかもしれませんね。

クリスマスツリーはいつまで飾る?

クリスチャンの方であればクリスマスツリーを仕舞うのは年が明けてからということが多いそう。というのもクリスマスの12日後である1月6日には十二夜(公現祭)と呼ばれる祝日があります。カトリックやプロテスタントなどが含まれる西方教会では12月25日から1月6日までの12日間をイエス・キリストの誕生を祝う期間=降誕節としているので、その間はクリスマスツリーを飾っておこうという事のようです。12日目の夜が1月5日になるのか6日になるのかで論争あり、国や宗派によって違うそうな…。

対してク季節行事の一種・風物詩感覚でクリスマスツリーを置いている日本では、クリスマスの後に大晦日・お正月というもっと伝統的な行事があります。神様をお迎えするのに別の宗教の飾り物を置いておくのは失礼だという考え方もあるため、12月中に片付ける方が多いのではないかと思います。お正月飾りは12月30日以降に飾り付けないほうが良いとされていますから、クリスマスツリーのお片付けは26日前後が良いのではないでしょうか。

クリスモンツリー(chrismon tree)は別物?

クリスマスツリーと非常によく似た言葉・存在として“クリスモンツリー(chrismon tree)”と呼ばれるものもあります。非クリスチャン目線としてはほぼ同じようなものですが、クリスモンツリーは飾りが主にキリスト教のシンボルとなっており、白と金色に統一されているということが特徴。1957年にバージニア州ダンビルのスペンサー夫人という方が、教会に飾るためにキリスト教の信仰を反映させたクリスマスツリーを飾るために考案したものと言われています。クリスマスツリーが普及して宗教色のない、良く言えばポップ・悪く言えば世俗的になったのを嫌ったという感じでしょうか。

ちなみにクリスモンツリーにオーナメントはハートや星・天使など私達にも分かりやすいものもあれば、キリストを意味する「X」と「P」を組み合わせたシンボルなどのモノグラム類も。クリスモンという言葉自体がキリストに関わるモノグラム(組合せ文字)を意味しているので、当然と言えば当然なのかもしれませんが。クリスモンには魚-IXTHUSなど様々な種類があるので、お子さんの勉強にもなるのかな。宗教関わりない人間としても、クリスモンツリーは色調が統一されているので上品でオシャレに見えます。そのうち商品化してクリスチャンの方に嫌がられるかも……。

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ツリーに飾るオーナメントと意味

クリスマスツリーはモミの木を家の中に飾っておくだけではなく、素敵な飾り付けをされることが多い存在。装飾のための装飾となっている物もありますが、伝統的なオーナメントにはキリスト教的な意味を持つもの・願いが込められているものもあります。

星(トップスター)

クリスマスツリーのてっぺんには大きめの星が付けられているものが多いと思います。人工のクリスマスツリーであれば、星がセットになった状態で売られているものもありますよね。この星は聖書に登場する「ベツレヘムの星」を模したものです。ベツレヘムの星はイエス・キリストが誕生する際に空で明るく輝き、東方の賢者達に救世主の誕生を知らせたと信じられています。この星を見て東方三賢者はイエスの元まで辿り着き、贈り物を捧げるのです。クリスマスはイエス・キリストの降誕をお祝いする記念日ですから、イエスの誕生を知らせるという大役を持った星がクリスマスツリーの頂点に飾られているんですね。

クリスマスの意味・由来についてはこちら>>

玉飾り(ボール)・ベル

クリスマスツリーの飾りとして定番なのが、ちょっとメタリックなお色のオーナメントボール。最近はハロウィンツリーなどでも使われていますが、木にボールが沢山飾り付けられているとクリスマスツリー感が増しますよね。このボールは遥か昔、旧約聖書の『創世記』にアダムとイヴが食べてしまったと書かれている“知恵の実(善悪の知識の実)”を象徴したもので、元々はリンゴが飾られていました。現在は金属的なメッキのボールが多いのは腐らない・コスパ・電飾の映えなどの関係かなと。

ベル(鐘)の形を模したオーナメントは、イエス・キリストの誕生を知らせた天国の鐘の音にちなんで。またキリスト教の中で信者は「迷える子羊」と表現されることから羊の迷子防止の鈴をイメージしている=神の御心から外れないようにというメッセージが込められているという見解もあります。そのほか、ヨーロッパでも同様にベルの音には考え方があったという説もあります。

キャンディケイン(杖)

アメリカでは赤白二色で杖を模ったキャンディケインも定番だとか。本来は呼び名の通り飴細工で作られていますが、プラスチックやガラス製のものもあります。杖の形は羊飼いが持つ杖をイメージしたもの。聖書では私達人間が「迷える子羊」であると同時に、イエス・キリストは「善き羊飼い」であると表現されます。このため杖もベルと同じように私達を導いてくださいという願いが込められていると捉えられますね。

ちなみに白は清らかな心(イエス・キリスト)を表し、赤はイエスが私達のために流した血を表現しています。キャンディケインは歯が折れそうになるほど硬いそうですが、これは私達を守ってくれる岩であるイエス&岩のように硬い信仰を意味するためと言われています。バチカンは“あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。”という言葉から始まったとも言われているだけに、岩も象徴的な意味合いがあるのかも。

照明(ロウソク/電飾)

クリスマスツリーと言えばLED照明や光ファイバーなど“光らせる”イメージも強いのではないでしょうか。ツリーを輝かせるという試みは電気の使用が一般的になってからではなく、500年ほど前から行われていたと伝えられています。当時はキャンドルを使っていたそうですが、キャンドルによる火災が多発したので電気にシフトしたのだとか。クリスマスツリーを輝かせる意味については諸説ありますが、夜空に浮かぶ星星の再現である、イエスが「わたしは世の光である(ヨハネ8章12節)」と宣言していることに因んでいるなど。

そのほか

季節柄&清らかさを強調するような雪綿や雪の結晶を模したオーナメント、サンタクロースの伝説に繋がる靴下などがポピュラー。欧米ではポップコーンやジンジャーブレッドなどのお菓子をオーナメントにする家庭も多いようですが、日本だと少数派かなと思います。好みが分かれるティンセルガーランドと呼ばれるキラキラのモールは、元々は銀色で氷やつららなどを表していたものだそう。

また、ドイツやポーランド他一部地域では蜘蛛の巣も人気があるようです。というのも東欧では“クリスマススパイダー”という伝説があるから。細かい部分は色々バリエーションがありますが、共通しているのはクリスマスツリーに飾り付けが出来ない貧しい家族が主人公であるということ。クリスマスの朝に子どもたちが目覚めるとクリスマスツリーにはクモの糸が張り巡らされ、太陽の光もしくはサンタクロースによって金と銀に姿を変えたと伝えられています。ティンセルについてもクモの糸に見立てているという説もありますよ。

クリスマスツリーの起源・歴史とは?

常緑樹/クリスマスツリーのイメージ

キリスト教のイベントであるクリスマスにモミの木などの常緑針葉樹が使用されるようになった発端は諸説ありますが、フライブルクでパン職人が飾った、マルティン・ルターが飾ったなど、15世紀頃のエピソードが発祥説として有力視されています。しかし、キリスト教が広まる以前にも常緑樹を神聖なものと考える・飾るという風習は存在していたことが分かっています。そのためクリスマスツリーについても「キリスト教が布教のために異教の文化を取り入れた」という見解が多いのもまた事実。古代から現在のクリスマスツリーが出来るまでの流れとは…

古代から常緑樹は神秘的だった

クリスマスツリーはヨーロッパモミを筆頭に、マツ科の常緑針葉樹が使用されています。読んで字の如く、常緑樹は冬でも葉が枯れて落ちない=一年中緑色を保っていることが特徴。クリスマスにツリーが飾られるようになったのは、古代からこの“常緑”という部分に人々を引きつけるところがあったからではないかと考えられています。日本でもお正月の松飾りが使われていますよね。これも他の植物は落葉している冬場に葉を保っていることから、繁栄や不老を連想させたのではないかという説があります。

ヨーロッパでも同じように緑の葉を失わない常緑樹は特別な力があると考えられ、古くは冬至祭の飾りなどに使われていたのではないかと考えられています。古代ケルトの神官ドルイドは永遠の命の象徴として神殿を常緑樹で飾った、北欧でも光の神バルドルに通じる特別な植物と考えていたと伝えられています。また、古代ローマで12月25日頃に行われていた、クリスマスの起源・12月25日の元ネタだと目されているサートゥルナーリア祭でも常緑樹で神殿を飾ることがあったという説もあります。

モミの木=聖ボニファスのエピソード

キリスト教徒からすれば異教文化であるゲルマン民族達の風習。それがキリスト教のシンボルとなった理由として、聖ボニファス(聖ボニファティウス)の逸話が伝えられています。聖ボニファスは8世紀にゲルマン民族によって建国されたフランク王国へとキリスト教を伝えた宣教師。伝道の途中、723年に聖ボニファスはガイスマー村で、村人たちが「聖なる木」と考えられていた樫の木(オーク)を使って生贄を捧げようとしている場面に遭遇します。バリエーションで雷神・農業神であるトールへと捧げようとしていた、というものもありますが、ともあれ北欧神話の神様に対する儀式が行われていたという筋書きですね。

彼はもしも本当に「聖なる木」ならば自分に雷を落とせと豪語し、異教徒が進行するオークの古木を切り倒してしまいます。木を切り倒しても聖ボニファスに雷が落ちることはなかったので、見ていた人々はキリスト教に改宗したと伝えられています。また、聖ボニファスが切り倒したオークのそばからモミの木が生えてきたことから人々は「奇跡の木」としてモミの木を新しい信仰のシンボルとしたのだとか。

この逸話には子どもを生贄として捧げようとしていたなどバリエーションも豊富。この逸話自体がどこまで史実で創作かは定かではありませんが、樹木を特別なものと考えていた人々がいた事、彼らをキリスト教化するにあたって反発が少ないようにとオークからモミの木に変更しつつも根っこのところは残したように感じられます。ともあれ、千年以上も昔からモミの木はドイツのキリスト教の儀式の一部として使われ、後には三角形の樅の木が「三位一体」を表していると考えられるようになったようです。

16世紀頃、ドイツでクリスマスツリーが登場

今や私達も当たり前のように飾っているクリスマスツリー。キリスト教以前からヨーロッパ各地で常緑樹を特別なものと考え冬至祭や宗教儀式に使われてはいましたが、聖ボニファスの逸話があるようにドイツでは8世紀頃からキリスト教の中でモミの木が「奇跡の木」として大切にされてきました。そのせいかキリスト降誕祭であるクリスマスにモミの木を取り入れる=クリスマスツリーの直接的な起源はドイツもしくは北ヨーロッパというのが定説となっています。

実際にいつからモミの木をクリスマスツリーとして飾っていたか、その起源は分かっていません。10世紀頃から室内にモミの木を吊るすという風習があったという説もありますし、日本語版wikipediaでは1419年フライブルクの精霊救貧院にツリーが飾られたという記録が“クリスマスツリーをクリスマスに飾る行為の最初”であると紹介されています。また、1441年にはエストニアのタニンで、1510年にはとラトビアのリガでクリスマスツリーを飾ったと伝えられており、両都市では元祖クリスマスツリーの街論争が起こっているのだとか。

文献としては1494年にドイツの作家ゼバスティアン・ブラントが著した『The Ship of Fools』でも、家にモミの木の枝を置く習慣があることが書かれています。Frank Colvin Sennの『Introduction to Christian Liturgy』によると1539年にはマルチン・ブーサーによってストラスバーグ大聖堂にクリスマスツリーが設置されたという記録もあるそう。ストラスバーグ大聖堂はフランスにありますが、当時は帝国自由都市でありプロテスタント化した直後。こうした伝承や記録から少なくとも1400年代から1500年代にかけて、一部地域のルター派の人々にクリスマスツリーを置くという風習が広まりつつあったと考えられます。

ちなみに、クリスマスツリーが設置されるようになった背景として、アダムとイブに関する人気の中世劇の中でエデンの園を表すためにモミの木と、禁断の果実に見立てたリンゴが使われていたという見解もあります。このため昔から続く冬至祭の風習の名残だけではなく、クリスマスの装飾に相応しいものとして“パラダイスツリー(生命の木/楽園の木)”を模したモミの木が広がったのではないかという声がありますよ。加えてブリタニカ百科事典のサイトでは同時期に“クリスマスピラミッド”と呼ばれるクリスマスに関連する置物を飾る棚が存在していたこと、16世紀にパラダイスツリーとクリスマスピラミッドが合体してクリスマスツリーが誕生したと紹介されています。オーナメントが飾られるようになったのも16世紀~17世紀頃の可能性が高いでしょう。

マルティン・ルターが元祖?

クリスマスツリーを最初に家に持ち込んだ人・初めて木に飾り付けをした人としてよく紹介されるのがマルティン・ルター(Martin Luther)さん。贖宥行為を濫用するローマ・カトリック教会の体勢に疑問を持ち、プロテスタント宗教改革の中心人物となったお方です。彼はクリスマスイブの礼拝の後に木々の間から輝く星を見て感動し、子どもたちも見せてあげたいと木を家に持ち込みロウソクを飾り付けたと伝えられています。マルティン・ルターがクリスマスツリーの原型を子供のために作った年度などは分かりませんが、ルターさんが結婚したのは41歳の時。1483年生まれなので子どもが居たことも考えると1520年代頃のエピソードと推測できます。

クリスマスツリーの確立と普及

クリスマスツリーのイメージ

16世紀頃に大まかな形ができあがり、ドイツのルーテル教会(プロテスタント/ルター派)を中心に広まっていたクリスマスツリー。18世紀初頭までの間にライン川上流の地域では一般的に見られる風物詩となっていました。ただし、ライン川下流はプロテスタントではなくローマカトリックが多数派だったため、プロテスタント文化と考えられたクリスマスツリーは200年近く普及しなかったんだとか。とは言え、19世紀までの間にドイツ国内でクリスマスツリーはクリスマスの伝統として確立されていきます。19世紀初頭はナポレオン戦争を経て、プロイセン王国が拡大した時期でもあります。プロイセンの勢力増加に合わせて、ドイツのクリスマスツリー文化が広がったという一面もあるようです。

クリスマスツリーが出始めた直後には同じルーテル教会内でも避難する方もいらっしゃったようですし、同じプロテスタント系でも厳格さや清貧さに重きをおいたピューリタンはクリスマスに関連する多くの飾り物・お祭り騒ぎを「異教徒の伝統」に基づいていると嫌いました。17世紀頃ドイツ系の方々がアメリカに移住すると同時にクリスマスツリーも伝わりましたが、アメリカにはピューリタンの方々も移住していました。当初、彼らはクリスマスツリーを異質なものであると見做し、北アメリカ東海岸にあったマサチューセッツ湾植民地ではクリスマスに教会の礼拝以外のことをすると犯罪になるという法律も作られたほど。ドイツ人とアイルランド人移民が増加した19世紀になってやっと、楽しくにぎやかにクリスマスを祝うようになったという歴史があります。

そんな中でクリスマスツリーの世界的普及に一役買ったと言えるのが、イギリスのヴィクトリア女王。ヴィクトリア女王の母親はドイツ(神聖ローマ帝国)のコーブルグで生まれ育ち、長女ヴィクトリアを生むためにイギリスへ住まいを移したお方。また、ヴィクトリア女王の父方の祖母シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツも神聖ローマ帝国生まれの方と、当時のイギリス王室はドイツ系の血が濃かったという背景があります。そのためヴィクトリア女王は幼い頃からクリスマスツリーを見慣れていたことが分かっていますし、彼女の配偶者であるアルバート公はドイツの王子。やはりクリスマスツリーを飾ることに違和感のない方だったのでしょう。

ヴィクトリア女王も使用していらっしゃるということで、1840年頃までにはイギリスでも上流~中流家庭でクリスマスツリーを飾るという風習が普及していきました。さらに1842年にはクリスマスツリーの新聞広告が打たれ、1848年には日刊新聞『The Times』にウィンザー城に設置されたクリスマスツリーのイラストが掲載されました。これによってますますクリスマスツリー人気が上昇し、イギリスだけではなく周辺国やアメリカへもクリスマスツリーが広まっていきます。

アメリカでもヴィクトリア女王発信のトレンドに反応した方がいらっしゃったようですし、それ以外にもアメリカの指導者や芸術家・作家などがクリスマスのお祝いをしようという普及活動をしていました。ヴィクトリア女王のクリスマスツリーが報道された数年後となる1850年代半ばには、第14代大統領のフランクリン・ピアースがアメリカの歴史上初めてホワイトハウスにクリスマスツリーを設置しています。

19世紀の間にヨーロッパやアメリカでクリスマスツリーは普及し、アメリカでは入手しやすく雪のような見た目のポップコーンを糸で繋ぐことでツリーを装飾にすることも流行しました。リンゴの代用品としてアメリカで冬場に食べられてたクランベリーも加えるようになり、現在“ストリングポップコーン(stringing popcorn)”もしくは“ポップコーンガーランド(popcorn garlands)”と呼ばれるツリー飾りの一つが誕生します。1890年にはエジソンがクリスマスの照明(電球)サービスの提供も開始していますから、ビジネス面としてもクリスマス&クリスマスツリーは魅力的だったのでしょう。

商業的な重要性・大人から子どもまで楽しめるイベントとしてクリスマスは広まり、クリスマスツリーも20世紀に入るころにはクリスマスの定番とも言える位置づけになっていたようです。20世紀には町やデパート・公共施設などでも盛んにクリスマスツリーが飾られるようになり、1923年からはホワイトハウスの芝生で行われるクリスマスツリーの点灯式も恒例行事となりました。20世紀初頭が各家庭から商業施設・公共施設までクリスマスツリーを置くことが定着した時期と言えそうですね。

日本のクリスマスツリーは…

日本に初めて飾られたのクリスマスツリーは1860年、プロイセン王国の使節団が公館に飾ったものとされています。明治維新を過ぎた1874年にはクリスチャンだった原胤昭氏がクリスマスパーティーでクリスマスツリーとサンタクロースを披露したそうですが、普及したきっかけは明治屋さんの進出など商業的な要因が強かったように感じられます。欧米では宗教上の理由からクリスマス礼拝・クリスマスツリー・サンタクロースなどが定着した時期に差がありますが、日本では19世紀末に“クリスマス”という季節イベントとして(商売になりそうな事柄を中心に)取り入れたような印象があります。クリスマスツリー然り、サンタさんから子どもへのプレゼント然り。

参考サイト:How Did the Tradition of Christmas Trees Start?The origin and history of the Christmas tree: from paganism to modern ubiquityThe Chrismon Tree

ルーツを辿るとキリスト教以前の自然信仰・樹木信仰の影も見え隠れするクリスマスツリー。ベツレヘムの星・天使・羊飼い・東方三賢者などは新約聖書にも登場していますが、ツリーがクリスマスシンボルとなった理由として古代から“馴染みのあるもの”だったという説明が個人的にはしっくり来るように考えられます。原罪のエピソードにまで遡るっていう説も筋は通ってますけどね。