フロランタン発祥はフィレンツェ? フランス?
-身近なのに意外と謎の多い、不思議なお菓子

フロランタン発祥はフィレンツェ? フランス?<br />-身近なのに意外と謎の多い、不思議なお菓子

アーモンドスライスが乗ったクッキーのような焼き菓子、フロランタン。突然「フロランタン食べたいよね~」と言われてもピンとこなくても、写真や実物を見ると「食べたことある」と思う方もいらっしゃるかもしれません。焼き菓子ギフト詰め合わせなどでは定番のお菓子ですが、知名度・認知度は微妙なところ。

ともあれ、ほとんどの人がフロランタン=洋菓子という認識はしていると思います。詳しい方であればフランス菓子だよ、語源はフィレンツェだよ、と仰るかもしれません。しかし、フランス発祥説もフィレンツェ説も疑問視する声があり、実は発祥や歴史はほとんど分かっていません。フロランタンと、その発祥説について紹介します。

フロランタンについて

フロランタンとは

フロランタンはクッキー生地の上に、アーモンドなどのナッツ類を蜂蜜や砂糖をでコーディングして焼き上げたお菓子。日本ではキャラメルコーティングしたアーモンドを、クッキー生地の上に焼き上げた形がオーソドックスです。さくさくしたクッキー生地と表面のカラメルアーモンドの食感、シンプルなクッキーと甘く香ばしいキャラメル&アーモンド、二層の違いを楽しむことが出来ます。

フロランタンはシンプルな部類のお菓子ですが、上のキャラメルはカリカリにするか・ねっとり感をだすか……など、レシピ・お店によってタイプは様々。アーモンド以外にオレンジピールなどフリュイ・コンフィ(果物の砂糖漬け)をのせたりチョコレートをかけたりしたもの、一番下の層にチョコレートが敷かれている3層タイプのものもあります。

また、クッキー生地ではなくサブレ生地を使ったフロランタンもあります。このため生地がクッキータイプのものは“フロランタン・ビスキュイ(florentin biscuit)”生地がサブレタイプのものは“フロランタン・サブレ(florentin sable )”と呼び分けられる事もあります。

私達が普段使っているフロランタンという呼び名は、フランスでの呼び方“Florentin”の音を拾ってカタカナにしたもの。英語では“Florentine(フローレンス)”、ドイツ語では“Florentiner(フロレンティーナ)”と、どこの国でも似たような名称で呼ばれています。

フロランタン=“フィレンツェの”?

フロランタンはフランス語で“Florentin”、英語で“Florentine”。
欧米ではだいたい似たような呼ばれ方をしているフロランタン、その語源はイタリアのフィレンツェに関係するとの説が有力視されています。

私達が読んでいるフィレンツェはイタリア語“Firenze”の音を拾ってカタカナにしたものですが、英語やフランス語ではフィレンツェのことを“florence”と呼びます。そして「フィレンツェの」という場合は“Florentine”という言い方が使われます[1]。日本人の感覚では全く別物ですが、お菓子のフロランタンも、イタリアの都市フィレンツェも同じ言い回しなんですね。

さらに、フランス語“Florentin”やイタリア語“Firenze”の語源は、ローマ神話に登場する花の女神フローラ(Flōra)にまで遡ります。古代ローマ時代に、花の女神の都として“フローレンティア (Flōrentia)”と呼ばれていたことから引き継がれたそうです。

日本とちょっと違うフロランタン

日本でのフロランタンは、クッキー生地の上にキャラメルで固められたアーモンドスライスが合体しているシンプルな構成がオーソドックスです。材料でいうと

  • クッキー生地部分;小麦粉・バター・砂糖・卵
  • カラメルアーモンド:蜂蜜・バター・砂糖・生クリーム・アーモンドスライス

という形式が最も多いのではないでしょうか。

しかし、レシピを検索してみると、欧米では日本でオーソドックスなフロランタンとは別のタイプも多く見られます。1つ目は、アーモンドだけではなく果物も混ぜ込まれていたり、裏側がチョコレートになっていたりするタイプのフロランタン。goo辞書(英和)でもFlorentineを調べると“オレンジの皮とアーモンドの入ったチョコレートをかぶせたクッキー”という説明が出てきます[1]。

海外のフロランタンイメージ

2つ目は、生地の作り方が根本から違うタイプ。日本で見かけるフロランタンのように、生地に厚みがありクッキー生地にカラメルアーモンドをのせた、ではなく「アーモンドをベースにした生地を、カラメル化させつつクッキーのようにカリカリに焼き上げたお菓子」と言ったほうが良い生地の作り方をされているもフロランタンも珍しくありません。小麦粉は含まれていないため、実際はビスケットではないとフロランタンの製法を紹介しているサイトもあります[2]。

小麦粉を使うレシピもありますが、世界的によく見かけるフロランタンのレシピでは、あくまでも小麦粉はつなぎのような感覚で少量使用されています。日本でよく見るフロランタンのように、しっかりとタルト台のようなクッキー部分を作ることはありません。このためキャンディーに近い、という表現をされることもあるほど。薄い生地をラングドシャのように円筒状に巻いたフロランタンもありますよ[3]。

フロランタンの発祥説・雑学

フロランタンはフランス菓子?

フロランタンは、日本語版のwikipediaで調べると「フランスの菓子」と紹介されています。
イタリアの都市フィレンツェが語源とされているのにフランス菓子?…と疑問を感じますが、フロランタンはフィレンツェで誕生したお菓子ではないとの説もあります。

この下で紹介するように発祥説には諸説ありますが、フィレンツェで古くから食べられてきたお菓子というわけではなく“フィレンツェにちなんで命名された”という説もあるのです。原型と言えるお菓子は他国にあり、フランスで現在の形にまで完成されたことからフランス菓子と呼ばれている食べ物が多いことを思えば、さもありなん、というところではないでしょうか。

フロランタンの発祥説について

結論から言うと、どこでフロランタンが誕生したかは断定されていません。
有力視されている発祥説を紹介します。

フロランタンのイメージ画像

フィレンツェから伝わった系統の説

①カトリーヌ・ド・メディシスが伝えた

フロランタンの発祥説として通説のように扱われているのが、フランスのアンリ2世にイタリアから嫁いできたカトリーヌ・ド・メディチ(メディシス)が伝えたという説です。

メディチ家はフィレンツェの実質的な支配者であり、銀行業によってヨーロッパに強い影響力を持っていました。ローマ教皇も排出している名家です。そんな名家からフランス王室に輿入れしたカトリーヌですから、当然一人でフランスに行ったわけではありません。侍女をはじめ料理人などの職人も付き従ったと考えられます。彼女はフィレンツェ、もしくはイタリアの文化・食材・調理方などをフランスに伝えたのです。

そのなかにフロランタンのレシピも含まれていた、というのがフィレンツェ発祥説の主張。
フランス菓子とされるシュークリームマカロンソルベなども、カトリーヌ・ド・メディチがフランスに伝えたイタリア菓子がルーツになっている言われています。同じ様にカトリーヌ・ド・メディチが嫁いできたことがきっかけで伝わったフィレンツェのお菓子=フロランタンという可能性は否定できませんね。

②ルイ12世の時代にメディチ家の料理人が伝えた

フロランタンは、カトリーヌ・ド・メディチよりも前にフランスに伝わっていたという説もあります。それはルイ12世の治世中に、メディチ家のパティシエがルイ12世と王妃アンヌ・ド・ブルターニュを訪ねてきて、フロランタンを振る舞ったというもの[4]。王妃は振る舞われた菓子を気に入り、フランスで人気のお菓子になっていったというわけです。

ルイ12世が在位していたのは1498年~1515年。カトリーヌの挙式は1533年ですから、30年くらいの差があります。もしかすると、この頃にフィレンツェから“フロランタン”と呼ばれる何らかのお菓子が伝わり、それがフランスで進化していった可能性もありますね。

フランスで独自に生み出された系統の説

イタリアからフロランタンの製法が伝わっていないとする根拠として、17世紀半ばの料理本『A True Gentlewoman’s Delight』に書かれている“How to make a Florentine(フロランタンの作り方)”という記事が挙げられています。しかし、ここで書かれているフロランタンのレシピは肉とスパイスを使った、デザート感覚で食べられるパイ[2]。私達の思うクッキー類のフロランタンとは全く別物ですね。

現在食べられているフロランタンは、バターと小麦粉が使われています。この製法はフランス料理のベースであるroux(小麦粉とバターで作るソース)のほうが、まだ前記のパイよりも共通点が多いです。このため「イタリアにもフロランタンと呼ばれる食べ物があり、それがフランスに伝わったかもしれないが、菓子のフロランタンは別物でフランス発祥」という主張に繋がるのです。

バターと小麦粉のイメージ画像

フィレンツェにちなんで命名した

フランスで作られたお菓子がフロランタン、つまり“フィレンツェの”という名称になったのは、フィレンツェにちなんで命名したと考えられています。フィレンツェという言葉が使われた理由もまた見解がわかれますが、当時の経済を握っていたメディチ家からカトリーヌ・ド・メディチが嫁入りした際に、メディチ家との繋がりを示して祝うために“フィレンツェの”という言葉を使ったと考えられます。

また、ちょっとおもしろい説として、当時ヨーロッパで最も強かった“フィナンシェの金貨”にちなんでという説もあります[2]。豪勢で縁起も良さそうですし、表面のアーモンドも見ようによっては金貨っぽく見えるかもしれません。なんとなくフィナンシェの発祥説に近い印象がある話ですね。

菓子職人フロランが考案した

フロランタンは実はフィレンツェとは縁もゆかりもない、という説もあります。こちらはフランス、パリの菓子職人でフロラン(Florent)という方がレシピを考案し、自分の名前にちなんで新作菓子を“Florentine”と命名したというのが主張。ただし、このフロラン氏考案説はwikipediaを筆頭に日本語サイトではよく見かけますが、英語サイトだとお見かけしません。

結論:フロランタンの発祥は謎である

フロランタン発祥説は上記のように様々です。
それ以外にも“オーストリアのパン職人が考案した”など、フランスかイタリアか以外の発祥説もあり混沌としているのが現状。結局のところ、フロランタン発祥の地がどこかは分からないのです。フロランタン最古の記述についても、17世紀半ばの料理本『A True Gentlewoman’s Delight』と考える方も、レシピが全く異なるのだから除外すべきだという方もいらっしゃいます。

それ以外にフロランタン最古のレシピと目されているのは、1891年にイタリアの作家ペッレグリーノ・アルトゥージ(Pellegrino Artusi)という方が記したレシピ本『La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene(英題:Science in the Kitchen and the Art of Eating Well)』。しかし、こちらに掲載されているレシピもブレッド&バタープディングに似た、パンプディング系の製法のようです[5]。

フロランタンは500年以上もヨーロッパで食べられているという紹介もある一方で、レシピが存在しない以上、現在私達が食べているクッキーのような形になったのは20世紀前後だった可能性もあります。謎が多い、ミステリアスなお菓子ですね。

フロランタンはクリスマスにも?

フランス菓子に分類されているフロランタン。
ですが、実は発祥地として有力視されているフランスやイタリアよりも、ドイツやオーストリアなど中央ヨーロッパで定着しているお菓子。認知度は高くありませんが日本でもよく見かけますし、世界中で食べられているお菓子と言えそうです。

また、地域によっては、フロランタンがクリスマス菓子として親しまれていることもあります。フロランタンがクリスマスに食べられるようになったのは、砂糖漬けのフルーツピールなどクリスマスっぽい食材を盛り込める・ミンスパイフルーツケーキが嫌いな方でも食べられることがあるのではないでしょうか。

【参考サイト】

  1. Florentineの意味 – goo辞書
  2. Florentines- Dalo Florentines
  3. Florentine Cookies – Savor the Best
  4. The florentine, a 16th-century cookie fit for a queen
  5. Florentine Fairy Tales?

フロランタン≒フィレンツェを知って、なら歴史があるのではと思って調べ始めたルーツと歴史。ですが、びっくりするくらい信憑性の高い情報がなく、結局いつからフロランタン・ビスケットが食べられているのかも定かではないというカオスでした。古代ローマから食べられていたとか、そんな古いお菓子でもないのに不思議です。

フロランタンを作るときはクッキー生地と2層にするのが面倒。レシピによっては砂糖+バター+蜂蜜でアーモンドスライスをカラメル化するまで煮て、型に入れて焼けばOKというものも。あの2層のみっしりした食感も捨てがたいですが、ちゃちゃっと作りやすくて良さそうですね。アレンジ次第ではダイエット中のご褒美おやつにもなるかも…?