ミートパイの原型はお肉のラップ? 保存容器?
-ミートパイ起源説と歴史とは

ミートパイの原型はお肉のラップ? 保存容器?<br/ >-ミートパイ起源説と歴史とは

甘くない「お食事パイ」の代表とも言えるミートパイ。パイ専門店が各地にオープンした関係や、コンビニで商品化されたことから最近注目度が上がっている気がする食べ物。自分は甘いものと脂っこいものは好きだけど途中からゲンナリ気味になるので、カスタードアップルパイとかよりも食べる頻度が多いくらいになっています。

独断と偏見で言うとイギリス人とアメリカ人が食べていそうなイメージの料理、かつパイってくらいだからヨーロッパ発祥かなと調べて見たところ「パイ部分は食べなかった」という表記が。気になったついでに発祥説や進化の歴史をまとめてみました。

ミートパイについて

ミートパイとは

ミートパイは呼び名通りにパイ生地の中に挽肉を入れて焼いた料理
と言っても下記でご紹介するようにパイ=小麦粉(穀物粉)で覆われていない料理、鳥肉をフィリングに使っているものも“ミートパイ”の仲間として括られることもあります。基本的にはミート=獣肉を使用することが前提であり、鳥肉ならチキンパイ、魚肉ならフィッシュパイもしくはシーパイという風に呼び分けられますが。

お肉以外の使用される具材・生地・形などは国や地域によって様々。ミートパイはヨーロッパや南アフリカ・北米・オーストラリア・ニュージーランドなど各地で食べられており、それぞれの国の作物を使い国民の口に合うレシピで作られています。日本ではイギリス・アメリカの文化が多く紹介されていること、イギリスには多くのパイ料理が存在することから「イギリス料理」というイメージもありますが、ミートパイの起源についても判明しておらず、イギリスやフランスが「我が国発祥」と元祖争いをしていたりするそう。

ミンスパイとは別物

ミートパイとよく似た食べ物に“mince pie(ミンスパイ)”と呼ばれるものがあります。ミンズパイはイギリス・イギリス文化の影響が強い国に多く見られ、クリスマスプディングと共に伝統的なクリスマスのお菓子の一つにも数えられることのある存在。呼び名はミートパイと似ていますが、ミンスパイは“菓子”にカテゴライズされるように大半の場合はお肉が使われていません。中に入っているのは基本的にドライフルーツをお酒・砂糖・香辛料などで煮詰めたジャムのようなものです。

このミンスパイのフィリングに使われているドライフルーツジャムは“mincemeat(ミンスミート)”と呼ばれています。単語上の意味を拾うと「ミンチ肉」というニュアンスですよね。実は元々ミンスミートは細かく刻んだお肉を指す言葉でした。それが時代と共にミンチ肉に果物・酒・香辛料・砂糖を混ぜて煮詰めた保存食のようなものへと変化し、19世紀頃になるとレシピから肉が消えお菓子レシピへと変貌したことが分かっています。現代では名前が似ているだけで別物ですが、ミンスパイの原型もミートパイにあったんですね。

パイ生地を使わないコテージパイ系も

私達はパイ=小麦粉とバターなどから作った生地を層状にして果物や肉などを包んだ料理のことを指す際に使いますよね。アップルパイなんかはまさに代表格。小学館さんの『デジタル大辞泉』で調べてみても“小麦粉とバターを材料とし冷水を加え、小麦粉とバターとの薄い層が交互に重なり合うような生地を作り、ジャムや肉などを包んで天火で焼き上げる菓子や料理。”と説明されていました。

しかし、英語のpieは日本語とちょっとニュアンスが違うようです。辞書によっても説明が異なりますが、調べた限りペイストリーでフィリングを覆ったものであるという説明がなされていることが多いです。日本のように“薄い層が交互に重なり合うような生地”にはそこまで重点が置かれていないんですね。さらに『Webster’s New World College Dictionary』の説明では

pie
1.a baked dish made with fruit, meat, etc., and having either an under crust, an upper crust, or both
2.a layer cake with a filling of custard, cream, jelly, etc.

引用元:Webster’s New World College Dictionary, Fifth Edition

となっています。2は置いておくとして、1では生地ではなく「クラスト(外皮)で上か下、もしくは両面を包んだ果物や肉を焼いたもの」と非常に大雑把なくくりになっています。ペイストリーは穀物粉で構成される生地・主に小麦粉ベースの生地に対して使われる総称。しかしながらペイストリーではなくクラストという記述がなされているように、私達が想像するパイ生地・穀物粉で作ったペイストリーを被せていなくとも「パイ」と呼ばれる料理は存在しています。ミートパイについてもその一種としてカテゴライズされつつ、パイ生地が使われていないものがあります。

その代表格と言っても過言ではないのが、イギリスのコテージパイ(cottage pie)。牛肉や野菜を細かく切ったものを味付けし、マッシュポテトを乗せて焼いたものです。小麦粉などは基本使用せず、パイ皮に該当する部分がマッシュポテトでも「パイ」なんですね。元々は残ってしまったロースト肉や野菜の活用方法として考案されたレシピだったようです。古い時代にはコテージ=農民や労働者の住居だったので、貧乏人のパイとかそんなニュアンスも含まれていたのかもしれません。

時代によっては特に区別せずに使っていたこともあるようですが、現在は具材として使用する肉が牛肉ならコテージパイ、羊肉ならシェパーズパイ(shepherd’s pie/羊飼いのパイ)という風に呼び名が変えられています。羊肉をペストリー生地で包んで焼いたものはマトンパイもしくはスコッチパイと呼ぶことで区別しているそう。また、コテージパイもしくはシェパーズパイにパン粉とチーズをトッピングしたものは“Cumberland pie(カンバーランドパイ)”と呼ばれています。

似たようなものは各地にある

パイとは呼びませんがフランスでも細かく切った肉・タマネギなどの野菜を味付けし、マッシュポテトを被せて焼いたアッシ・パルマンティエ(Hacis Parmentier)という家庭料理が食べられています。こちらも半端に残ってしまった肉を美味しく食べる・もう一品として活用するために考案されたレシピと伝えられています。

ちなみに、呼び名の“Hacis”はminceと同じく細かく刻んだことを意味し、“Parmentier”はジャガイモを指す言葉。フランス語でジャガイモは“pomme de terre(ポムドゥテール)”ですが、国内でジャガイモを普及させたParmentierさんにちなんでジャガイモ料理の名前にはパルマンティエが付けられることが多いのだそうです。日本のレシピ投稿サイトなどでお見かけしますが、ミートパイの一種というよりはグラタンの仲間のような扱われ方が多いのではないかと。

また、オランダでもphilosopher’s stew(哲学者のシチュー)と呼ばれるコテージパイによく似た食べ物が食されています。オランダ式はプルーンやリンゴ・アップルソースなどが使われておりフィリングがフルーティーな味が特徴だとか。ミートパイとミンスパイの境目が曖昧だった時代を感じられるような気もします。アルゼンチンやペルーでは牛ひき肉などにマッシュポテトを被せて焼いた料理がpastel de papa(パステル・デ・パパ)という呼び名で親しまれています。ここでの“”pastel”はケーキもしくはパイを意味する言葉。ポテトケーキという意味なのか、ポテトパイという意味なのか…気になるところです。

ミートパイの起源と歴史

紀元前からミートパイはあったのか?

現在食べられているようなミートパイの起源・発祥国については諸説あり断定していません。しかし、ミートパイのルーツを辿っていくと最終的には古代エジプトもしくは新石器時代の食事にまで行き着くというのが通説となっています。パイの起源説の中で最も古いのは、新石器時代(紀元前6000年頃)の古代エジプトで作られていたというもの。こちらは石器や陶器の普及と合わせて、挽いた麦(オート麦、小麦、ライ麦、大麦のいずれか)を調理の際に蓋として利用するようになったのではないかという説です。現在で言うポットパイのような感じですね。最古の時代は穀物粉+水、やがてそれに油が加えられたことでパンとは異なるペイストリーが確立して行ったのでしょう。

と言っても私達がパイ料理の存在を確認できるのは紀元前1200年代頃から。ラムセス2世の墓の壁からはポットパイのようなものを持った人物が描かれており、象形文字を元にパイレシピの再現にチャレンジしている方も。同サイトのレシピではフィリングとしてフルーツとナッツを敷き、パイ生地と蜂蜜を交互に重ねていらっしゃるので、当時のパイというのはパイ菓子だった可能性が高そうですね。

戯曲などから古代ギリシアでも同じようなものがデザートとして食べられていたと推測されています。また、古代ギリシアでは小麦粉と水を混ぜて作った生地に肉を入れてもいたようです。それ以前の紀元前2000年頃からシュメールのタブレットにチキンパイのレシピが書かれているという話もあるようですが、詳細は確認できなかったので割愛します。誰が最初に生地の中に肉を入れたのかは諸説ありますが、少なくとも古代ギリシアでは肉を入れたパイの原型が存在していた可能性が高いと言えます。

明確にミートパイが存在していたと言えるのは古代ローマ。ローマ人はギリシアからパン作りなど様々な技術を吸収し、様々な種類の肉・そして貝や魚をフィリングとした料理を作って行きました。4世紀~5世紀頃に記されたという古代ローマ(ローマ帝国)時代のレシピを集めた『Apicius(アピシウス/ラテン語: De re coquinaria)』にもミートパイに極めて近いレシピが登場しています。当サイトで度々お世話になっている『Apicius』の英訳サイトによると

[287] PERNAM
THE HAM SHOULD BE BRAISED WITH A GOOD NUMBER OF FIGS AND SOME THREE LAUREL LEAVES; THE SKIN IS THEN PULLED OFF AND CUT INTO SQUARE PIECES; THESE ARE MACERATED WITH HONEY. THEREUPON MAKE DOUGH CRUMBS OF FLOUR AND OIL LAY THE DOUGH OVER OR AROUND THE HAM, STUD THE TOP WITH THE PIECES OF THE SKIN SO THAT THEY WILL BE BAKED WITH THE DOUGH [bake slowly] AND WHEN DONE, RETIRE FROM THE OVEN AND SERVE.

引用元:Project Gutenberg’s Cooking and Dining in Imperial Rome, by Apicius

大体の意味としては「たくさんのイチジクと3枚の月桂樹の葉でハム(豚の脚肉?)を蒸し焼きにし、小麦粉と油で作ったパンの生地をハムの上または周りに重ねて焼く」という感じ。現在のパイと比べるとワイルドではありますが、ミートパイの原型と言ってしまって問題ない調理法ではありますよね。ただし、小麦粉の生地は食べるためではなく肉が乾燥するのを防いで美味しく調理するための覆いであって、加熱後は捨てていたという指摘も。穀物粉のクラスト=古代ラップフィルム説です。そうなるとパイ料理と言うべきか迷うところですね。

パイ生地作りのイメージ

中世には保存容器コフィン→パイへ変化

ローマ帝国時代、様々な具材に小麦粉生地を覆いとして被せて焼くという料理法が広まりました。その後もヨーロッパでは同様の料理法が受け継がれていきましたし、中世には北ヨーロッパを中心に“コフィン(coffins/coffyns)”と呼ばれる硬い生地で作られた箱も広まっていきました。

コフィンは耐熱皿と保存容器両方の機能を持ったもので、中にお肉などを入れて調理⇒食べるときまで入れておくと持ち運びしやすく痛みにくいという代物。初期のコフィンの中身として使用されたのは肉類であるため、パイの中ではミートパイの歴史が最も古いという声もあります。特にミートパイ発祥の地を自負し、その理由としてコフィンの普及を挙げているイギリス系のサイトでは「パイのルーツ=コフィン=初期の中身は肉=ミートパイ最古」という紹介が多く見受けられます。

初期のペイストリーとも呼ばれるコフィンですが、容器という性質・長時間の加熱に耐えられるようにと厚さは数インチにも及んだようです。人によっては「dough-boxes(生地で出来た箱)」とも表現され、生地をつなぎ合わせて蓋をすることで密閉容器のようになっていたそう。当時は移動する時にそのまま携帯したのではという見解もありますから、コフィンは生地・ペイストリーというよりも、小麦粉もしくはライ麦粉で作られたお弁当箱のような代物。コフィンを作る生地は中身を守るために分厚く、岩のようにカチカチだったと考えられます。

固いコフィン生地を食べていたのかどうかについては欧米の研究者たちの論争の的。パイについての歴史書『Pie: A Global History』の著者は召使いのまかない・貧しい人々への施しとして使われた可能性を示唆していますが、実際のところはわかりません。どちらにせよ、パイ料理の原型とされるコフィンは食べて美味しいようなものでなかったことは間違いないでしょう。容器としての機能が重視されたコフィンから、食べても美味しいパイに変化した時期についても断定されていませんが、12~14世紀頃には陶器の皿が使われるようになり生地を上だけに被せるポットパイ式に変わっていったと推測されています。

13世紀頃からヨーロッパでは十字軍によって持ち帰られた果物やスパイスを使ったミートパイ(後のミンスパイの原型)が食べられていたことも分かっています。イギリスでは1390年に発行された『A Forme of Cury』には豚肉に卵・チーズ・サフランほかスパイス類・砂糖を加えた “tartes of flesh(肉のタルト)”というレシピも掲載されています。14世紀以降は”pye”や”pie”という呼び名が多く登場するようになります。ちなみに『Online Etymology Dictionary』によると中世のイングランドでは貴重な砂糖を使ったものをタルトと呼び、砂糖を入れていないものは“fruit pies”のようにパイと呼んでいたようです。

イギリスでは容器としての必要がなくなったコフィン生地をベースにしたものがパイとして食べられていたようですが、フランスやイタリアではもっと美味しいペイストリーにする為に改良が行われました。そこで考案されたのがバターの量を増やし、薄く伸ばした生地を折りたたむという方法。現在“折りパイ”と呼ばれているパイの製法です。

1440年にパリのペストリーギルドが認知されると、この折パイの製法が浸透しオーソドックスなものになっていきました。イギリスで普及していたコフィンは現在のペイストリーやパイと呼ばれるものと別物だとして、パイ料理はフランス発という説も。古代エジプトから始まったパイへと続く流れ、そのどの時点を起源と定めるかによってミートパイ発祥地も様々になるわけです。

お菓子パイは15世紀以降

13世紀頃から食べられていた食事パイとも菓子パイともとれるミンスミートパイは一旦置いておくとして。はっきりとスイーツだと言いきれるようなパイが登場するのはミートパイ類よりもかなり後、15世紀になってカスタードとフルーツパイのレシピが登場するようになります。豊かな人は豊かだったとは言え、中世ヨーロッパでは砂糖は稀少で高価。ふんだんに使ってフィリングを作ることは出来なかったのでしょう。

中世には一般家庭にまでコフィン/パイ料理が普及していましたが、15世紀や16世紀にこうした甘いパイを食べていたのも王侯貴族を筆頭とした富裕層だけでした。庶民にとっては高嶺の花…と言うよりも、毎日の食事を確保できるかどうかが問題だったのではないでしょうか。ちょっと贅沢してドライフルーツとスパイスを入れるくらいの。

17世紀以降ユーラシア大陸外へ

砂糖を使った甘いパイはさておき、中世の間にヨーロッパでは庶民にまでコフィンもしくはパイ料理と呼べる食べ物が定着していました。この料理方法は宣教師や冒険家、そして17世紀頃からは各地の植民地へと移住した人々によって広まっていきます。移民の方々は家庭料理の一つとしてアメリカでお肉を入れたミートパイを焼き、徐々にアメリカ大陸産の食材を使ったパイを考案していきました。ミートパイ系のコフィンが古くから定着していたイギリス系アメリカ人はもちろんのこと、古くはスペインとフランスの支配下にあったルイジアナでも“ナキトシュ・ミートパイ”が州の公式食品になっているあたりイギリス以外の国でもパイ料理文化はあったのでしょうね。

中世ヨーロッパで庶民にまでパイ料理が普及した理由でもありますが、当時の人の感覚でパイは経済的なお料理の一つ。パイはパンを焼くほどに小麦粉を使わず、オーブンを使わずに直火で焼けるというメリットがあります。現在でこそオーブンで焼くのが一般的ですが、昔はダッチオーブン的な容器やコフィンに入れて直火でミートパイを焼いていました。当時はオーブン(パン焼き窯など)の無い家も珍しくなかったので、それでも作れるというのは大事ですよね。ついでにパイと言っても折りパイではなくビスケット状のものなので、生地を発酵させる手間と時間がかからないのも当時の奥さん方にすればお手軽だったはず。

また、アメリカの初期開拓移民も冬の間の食料保存術として、小麦粉生地を被せたパイを活用していたとも伝えられています。更にミートローフなどと同じく残った肉や野菜を細かく切って入れられる=食材が十分ではないときにもお腹いっぱい食べられるという部分も開拓者たちにとっては嬉しいポイントだったはず。ベリーパイ・ペカンパイ・パンプキンパイなどアメリカ大陸産の食材を使ったものは勿論のこと、アメリカでお菓子系食事系と多くのパイが食べられているのも開拓時代から脈々と受け継がれてきた文化なのかもしれません。同様の理由からオーストラリア・ニュジーランドなどでもパイは移住当初から親しまれ続けてきたと伝えられています。

参考サイト:Food Timeline: history notes-pie & pastryHistory of Pies, Whats Cooking America10 things you didn’t know about shepherd’s pie

日本だと馴染みのない・お店で食べるもの感がある気がするミートパイ。自分は食事パイ系が大好きなので発見すると結構食べます。ものすごく極端な性格をしているもので、冷凍パイシートを買って作るくらいなら完成品を買ってしまえとなる(パイシートって地味に高いですよね?) 練パイと呼ばれている折りたたまない生地なら作れそうな…いや、意図せずに中世のコフィンを再現してしまいそうな。。

今回、古い時代のパイについて調べていると「古代のパイは料理ではなくタッパーウェアなんだよ」的な表現が多くて笑ってしまいました。小麦粉で容器を作って、具を入れて焼いて、そのまま保存しちゃうって発想がすごい。密閉していれば加熱されているので確かに保存性は高そうですが…あんまり暑くない地域・秋~冬に作ったから大丈夫だったんでしょう。日本なら表面にカビが生えていた予感がします。