十三夜(後の名月)はいつ?
-二回月見をする理由・栗名月/豆名月の由来とは

十三夜(後の名月)はいつ?<br />-二回月見をする理由・栗名月/豆名月の由来とは

十三夜は十五夜に比べるとマイナーながら、十五夜と2つでワンセットとして扱われている月見行事。数が少ないので十五夜以前に行う月見のようにも感じますが、十三夜は「後の名月」とも言われるように十五夜の翌月=旧暦九月十三日の月見のことです。なぜ一年に二度も月見行事があるのか、十五夜と十三夜の片方しか月見をしない“片見月”は縁起が悪いと言われるのかご存知ですか?

十三夜とは

十三夜の意味・いつのこと?

十三夜は旧暦九月十三日のこと、もしくは旧暦九月十三日に行う月見行事を指します。
十五夜と同じく“十三夜”という言葉も、本来は月に関わらず15日の夜を指す言葉。しかし十五夜が空が最も澄み渡っていて月が美しく見える旧暦八月十五日のことのみを指すようになったのと同じく、一年の中で二番目に月が綺麗に見える日であるとして九月十三夜のみを指す言葉として使われるようになりました。

十五夜の意味・歴史についてはこちら>>

現在の十三夜(後の名月)はいつ?

十三夜は元々旧暦九月十三日に行なわれていた行事ですが、現在は10月上旬~11月上旬頃と毎年バラバラの日にちで行なわれています。これは私達が現在は月の満ち欠けを元にした旧暦ではなく、地球が太陽の周りを公転する期間を元にした新暦(太陽暦)を使うようになったため。新暦では月の初めが新月のことも満月のこともありますから、年度によっては一ヶ月近く違うことになります。2019年以降、5年間で十三夜・後の名月が見られる日は…

  • 2019年:10月11日
  • 2020年:10月29日
  • 2021年:10月18日
  • 2022年:10月8日
  • 2023年:10月27日

となっています。

加えて太陰太陽暦では「閏月」を入れて一年が13ヶ月になる年を作ることで、暦上の月日と二十四節気(季節)とのズレを修正します。閏月は13月として入るわけではなく、閏4月や閏9月などという形で挿入されます。タイミングによっては8月+閏8月があったり、9月+閏9月があったりする年があり、十五夜や十三夜が二回あるケースもあります。二度目のものは“後の十五夜”や“後の十三夜”と呼ばれており、2014年には171年振りに“後の十三夜”があったことで少し話題になりましたね。

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十三夜に月を眺める理由とは

十五夜だけではなく十三夜にも月見をするようになったのは、旧暦での八月十五夜は快晴であれば月が綺麗に見える反面、天気が曇りがちだったという事が関係していると考えられます。八月十五夜は現在の9月中旬~10月上旬頃となりますから、台風や秋雨前線などの影響もありますね。対して九月十三夜は「十三夜に曇り無し」という言葉があるように、晴れることが多かったようです。十五夜には雲がかかってしまいスッキリ見えな行こともあるので、月を眺めて宴会をするのには十三夜の方が適していたとも紹介されます。

こう言うと十三夜=十五夜の予備日もしくは改定日のように感じますが、十五夜と十三夜にはもう一つ大きな違いがあります。それは十五夜が満月になるのに対して、十三夜の月は左が少し欠けた形に見えること。現在は地球が太陽の周りを公転する期間を元にした新暦(太陽暦)が使われていますから、暦上の日にちと月の形は一致していません。しかし旧暦は一朔望月を一ヶ月の基準とする太陰太陽暦が使われてていたため、日にちというのは月齢とほぼイコールの関係にありました。

月の満ち欠けのスピードは常に一定というわけでなく、朔望月は29.27日~29.83日、新月から満月(望の瞬間)までの月齢にも13.8日~15.8日と幅があります。この調整のために太陰暦・太陰太陽暦では一ヶ月間が29日の「小の月」と、一ヶ月間が30日の「大の月」を配置しています。なので厳密に当てはまるという訳ではありませんが、旧暦のカレンダー上は1日が新月(朔月)、7~8日目に上弦の月、約15日に満月、22~23日目で下弦の月、28日~29日目にま再び月が見えなくなる“晦”という形になります。

この太陰暦での日にちの数え方でいくと、十三夜の月は必ず満月のちょっと手前・満月に満たない月が出る夜です。満月を眺める風習は世界各地にあり、日本での十五夜(中秋の名月)行事も中国の名月を愛でる風習の影響を受けて形成されました。しかし、8~9分満ちの十三夜の月を鑑賞するという風習があるのは日本だけと言われています。

季節・天候との兼ね合いで十五夜に月が見えにくいというだけであれば、一ヶ月後の旧暦九月十五夜に月を眺めれば良いだけの話。そこをあえて十三夜にしたのは、満ちゆく月の姿が美しいという日本人独自の感性も関係していたのではないかと考えられています。日本人の美意識の根幹が「不完全の美学」という見解もあるように、完成しつつ満月よりも完成手前の、不完全な月にこそ儚さや美しさを見出していたのではないでしょうか。古くは十五夜の月を明月、十三夜の月は名月という漢字を当てることもあったそうですよ。

十三夜の月と十五夜の月の違い

また日本で十三夜が好まれたのは、陰陽思考などの関係から頂点は衰退の始まりというような考え方も関係していた可能性もあります。日光東照宮の陽明門に逆柱を入れて完成させなかったり、夏至を頂点ではなく“衰え始めるポイント”という見方をするのも、こちらの考え方の影響。満月というのも夏至に近いものがありますから、頂点へと至ってしまった満月よりも、その途中である十三夜の月の方が縁起の良い印象があった可能性も否めません。藤原道長の歌「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」も、彼の驕りの象徴としてだけではなく、破滅への予兆というような使われ方をする場合もありますしね。

十三夜の由来と縁起について

十三夜の由来・歴史とは

十三夜は日本だけで行なわれている、独自の月見文化。日本には月を眺める・明るい満月の夜に宴を催すなどの風習は各地に古くから存在しており、縄文時代頃から月見文化の原型は存在していたという説もあります。太陽と同じく、暗い夜空を照らしてくれる月というのも信仰される対象だったのではないでしょうか。秋は空気が澄んでいて月が綺麗に見える時期でもありますし、秋の収穫を神様や祖先に感謝する時期でもあります。このため月見=月を観ながら宴を行うという風習はかなり古い時代から存在していたとする見解もあります。

ただし現在の月見に通じる風習は、平安時代に中国から名月を愛でる風習が伝わり、貴族社会の中で作られていったものと考えられています。日本で初めての月見(観月の宴)が行なわれたのは延喜9年(909年)との説が主流。対して十三夜のお月見は、宇多法皇が延喜19年(919年)に十三夜の月見(観月の宴)を催したのが初めてではないかと考えられています。宇多法皇は九月十三夜の月を無双、もっとも優れたものであると称したという伝承もありますよ。

観月の宴は上流階級だけで行なわれていた行事であり、船を浮かべて水面に映った月を眺めてお酒を飲んだり、和歌を詠んだり楽器を奏でてその優劣を競ったりしていました。平安時代に貴族達の間で行なわれていた十三夜の行事というのも、贅を凝らした宴を楽しみつつ月を鑑賞するものだったと考えられます。貴族達の間で十五夜・十三夜と二月に渡って月を鑑賞する宴が行なわれるようになった理由として、旧暦八月十五日に宴を開いて名月を鑑賞するという中国文化をそのまま取り入れた弊害が関係していると考えられます。中国ではおそらく月が見えやすかったのでしょうが、中国と日本では気候が異なり、日本では旧暦八月十五日は雨前線の停滞・台風シーズンで天気が悪くなりやすい季節ですからね。

関東以西では十五夜に快晴になる確率が低いそうですから、当時文化の中心だった京都では十五夜に満月が見られないことの方が多かったとも言われています。このため満月の見られない確率の高い十五夜だけではなく、十三夜にも月見をしたという見解もありますよ。ともあれ十五夜には天気が崩れやすいという関係や、完全に満ちる前の十三夜の月が美しいという感覚から、十五夜の翌月に現れる「後の名月」を鑑賞することも定着していったと考えられます。

収穫祭としての豆名月・栗名月

栗ご飯のイメージ

十五夜が「芋名月」と呼ばれるのに対して、十三夜は豆名月もしくは栗名月と呼ばれています。これは収穫したもの、もしくは月に供えるものの違い。十五夜は芋(里芋)の収穫時期と近く、月見団子が普及する以前には里芋がお供え物の中心でした。対して十三夜は収穫したての栗・豆をお供え物として使っていたため、栗名月もしくは豆名月と呼ばれました。現在では十五夜の行事食として栗ご飯が食べられていたりもしますが、本来は十三夜の行事食だったのかもしれませんね。

十五夜も十三夜も貴族にとっては中国から伝わった風流遊びがメインですが、庶民にとっては収穫祭がベースだったと考えられています。現代(新暦)換算で十三夜は大体10月~11月初頭。対して十五夜は毎年9月中旬~10月上旬頃。十五夜は作物の収穫が始まる時期のため、早い段階でとれる芋が使わることとなります。その一ヶ月後である十三夜は秋の収穫もピークからやや落ち着き始める頃合いと言えます。十三夜の方が秋の収穫物を使う時期としては良い時期ですよね。十五夜にはまだ収穫できなかった栗や豆などの食べ物がしっかり収穫出来る=十三夜のほうが日本で元々行われていた収穫祭・月見であるという説も存在します。

「片月見」は縁起が悪い?

十五夜は未だに残っている行事であるのに対して、十三夜はちょっとマイナー。十三夜にお月見をする目的としては「十五夜と十三夜のどちらか一方の月だけを見る“片見月(片月見)”は縁起が悪い」からと紹介されることもあります。儚い月を愛でると言うよりは、縁起が悪いから十三夜もしようというイメージのほうが強いかもしれませんね。この言葉からも分かるように、十五夜と十三夜の2つは「二夜」とも呼ばれるようにセットで扱われています。これは平安時代に宇多法皇が九月十三夜の月を「無双」と称したからではないかと考えられていますが、どこで両方見ないと縁起が悪いという風に変化したのかは分かっていません。

諸説ありますが“片見月(片月見)”が縁起が悪いものとして広く知られるようになった原因は、江戸の遊里であると考えられています。吉原にいた遊女のお姉さん達は接客業。リピーターはとても大事で、お手紙を送ったりと営業努力をしていたことが知られています。彼女たちはお客さんに「十五夜に遊んだのなら、十三夜にも遊びに来てくれないと縁起が悪い」と言って、十五夜に吉原に来た人は十三夜にも来なくてはいけないという暗黙のルールを作ったと考えられています。神社仏閣参拝時に内宮と外宮の片方だけお参りしないことを“片参り”と言って忌む風習が合ったので、それを参考に言い始めたものかもしれませんね。

このため、現在は民俗学や宗教・思想的な問題から片見月が縁起が悪いとされるのではなく、営業目的で広められたものであるとの見解が強くなっています。そもそも十五夜(中秋の名月)は天候の関係で月見に適さない日も少なくありませんし、台風などとぶつかってしまえば尚更に無茶な話。片見月となる年も少なくありません。なので片方だけお月見をしたとしても「縁起が悪い」と自己暗示状態になる以外のデメリットはありません。近年再び片月見は避けようキャンペーンが起こっていますが、これも和菓子などを売るための意味合いが強いように感じます。

十三夜の風習・お供え物とは

ススキ・月見団子

十五夜の祝い方も基本的なものとしては十五夜と変わりありません。神様が降りてこられる際の依代となり、魔除けの力を持つとされるススキを飾って、月見団子や旬の食材をお供えするというのがポピュラー。飾るお花はススキだけではなく秋の七草の中からいくつかピックアップしたり、秋の七草を揃えるようにするところもあります。ちなみに秋の七草は尾花(おばな/ススキ)・萩(はぎ)・葛(くず)・撫子(なでしこ)・女郎花(おみなえし)・藤袴(ふじばかま)・桔梗(ききょう)です。

注意したい点としては、十五夜と十三夜では月見団子の数が違うというところ。地域によっても異なりますが、十五夜に15個のお月見団子を用意する場合は、十三夜には13個の月見団子という風に使い分けるのが一般的です。ただし一年の月の数と合わせて12個用意している場合であれば、十三夜も同じく12個のお団子で良いとされています。

月見団子の種類・意味についてはこちら>>

栗や豆など旬の食材も

十五夜も十三夜も収穫祭を起原とするという説があるように、月もしくは月の神様に感謝を込めて収穫物=野菜・果物・キノコなど旬の食材をお供えする行事でもあります。十五夜は芋名月と呼ばれるように“きぬかつぎ”などの里芋料理が代表的ですね。十三夜は豆名月や栗名月とも呼ばれるように、古くは豆・芋がお供え物として代表的であったと言われています。十五夜でも豆がお供え物に使われていたと紹介されますが、こちらは枝豆など未成熟なもの。十三夜の豆は大豆など成熟した豆が使われていたようです。

と言っても現在は多くの食材が通年流通していますし、露地物であっても昔よりも旬とされる期間が長くなっています。いつの間にか芋名月である十五夜の方の行事食として“栗ご飯”が定着していたりもしますから、十五夜と十三夜でお供えする旬の食材がガラッと変わることは無いかもしれません。お供え物ではなく行事食になりますが、十三夜には栗ご飯と被らないように栗羊羹やモンブランを食べる、黒豆ご飯を炊いてみる、など自分なりに区別を付けてみても楽しいかもしれませんね。

参考サイト:月見の月日表十三夜

ほのかに影がある十三夜の月。インターネットでは「清少納言も“月は満月よりも、幾分欠けているほうが風情がある”と書いているよ」という紹介が多く見られるものの、残念ながらその出典が私には分かりませんでした。枕草子の“月は、有明。東の山の端に、ほそうて出づるほどあはれなり。”なら分かるんだけど……どこに載っているのか出典が気になっています。

ついでに言うと、異性の評価としても底抜けに明るいよりも少し陰があったほうが色っぽい…なんて話もありますね。不完全の美学ではなく、日本人は物悲しそうな陰のある感じが好きなのかな、と思ったりもします。十五夜に負け、最近は日にちが近いハロウィンにも負け、マイナーになりつつある十三夜。しかし十五夜とは異なり日本独自の風習なので、廃れないで欲しいなと思います。……そのうちカボチャの名月になったりして(苦笑)