ケチャップの起源と歴史とは
-起源は中国、トマトケチャップはアメリカ発祥

ケチャップの起源と歴史とは<br/ >-起源は中国、トマトケチャップはアメリカ発祥

ケチャップと言われて想像するのは、赤い色で甘めの味がするトマトケチャップではないでしょうか。チキンライスやオムライス・パスタなどの洋食を始め、中華料理を作るときにも意外と使いますよね。ケチャップと言えばホットドックなどアメリカンな料理にも定番ですし、ハインツやデルモンテなどアメリカ企業の商品も多く販売されています。

赤いケチャップ×黄色のマスタードというコントラストもアメリカっぽですし、トマトもアメリカ大陸原産。そんなアメリカ食品のイメージが強いケチャップですが、その成り立ちはかなり複雑。ケチャップの起源・語源から私達の知るケチャップができるまでを簡単に追ってみます。

ケチャップの起源と歴史

ケチャップとは

現在日本やアメリカでケチャップと言えば、トマトをベースにした調味料を指す言葉として使われるのが一般的となっています。しかしケチャップ(Ketchup)という言葉は、野菜・キノコ・果物・魚などを原料にした調味料全般に使用されるものでもあります。

イギリスではマッシュルームケチャップが販売されていますし、インドネシアではソース類のことをケチャップと呼ぶ文化があります。フィリピンのバナナケチャップなどフルーツケチャップと呼ばれるジャンルもありますから、ケチャップ=トマトベースの調味料というわけではないことが分かります。

小学館の『日本大百科全書:ニッポニカ』にも“野菜などを煮て裏漉ししたあと濃縮し、香辛料、調味料などを加えて味をととのえたもの”と記されていますよ。このため有名メーカーと言えるハインツやカゴメの商品でも「トマトケチャップ(tomato ketchup)」と表記しているんだとか。私達がケチャップ=トマトケチャップと認識しているのは、トマトケチャップが最も流通量が多くポピュラーな存在だからと言えます。

ケチャップの起源と語源は?

ケチャップの語源と起源は古代中国で使用されていた魚醤調味料であるという見解が主流となっています。魚醤というのは魚介類を発酵させた液体のことで、これに香辛料を加えた調味料を“茄醤(keh-jap)”もしくは“鮭汁(KE-chiap)”と呼んでいたと考えられています。

この魚醤ベースの調味料は中国からマレー半島へと伝わり、マレー半島が植民地化されたことでイギリス人の目に触れたことで、英語で“catchup”と呼ばれるようになりました。ただし、マレー半島でイギリス人が見かけた調味料は魚醤ベースの調味料という訳では無かった可能性が高いという指摘もあります。

現在マレー半島からインドネシアにかけての地域で親しまれているケチャップと言えば、英語で“Indonesian sweet soy sauce”とも呼ばれるケチャップマニス(kecap manis)ナシゴレンなどにも使われている大豆などを発酵させたものをベースに砂糖や塩・香辛料類を加えた甘口の調味料で、日本人の感覚で言えばテリヤキのタレに近い感じのものですね。

その他にもケチャップアシン(kecap asin)と呼ばれる辛口醤油などもあり、インドネシアで「ケチャップ(kecap)」という言葉は調味料・ソース全般を指す言葉として使われているそう。大本のルーツまで辿れば中国の魚醤のようなものと言えますが、17世紀にマレーシアからインドネシアで使用されていたものは魚介類の発酵液に限ったものでは無かったという見解もあるわけですね。

このためケチャップの紀元説としては中国の“茄醤(鮭汁)”という魚醤調味料が登場するものの、語源説となるとマレーシア半島の発酵調味料という説も登場するわけです。ちなみに1700年代に人気の高かった辞書『A New Dictionary of the Terms Ancient and Modern of the Canting Crew』に、ケチャップが“catchup”というスペルと共に「a high East-India Sauce(東インドの奥地=東南アジアのソース)」と記載されていたことも、直接的な語源はマレー半島と見る要因と言えるかも知れません。

古代ローマにも魚醤はあった

現在のケチャップ・トマトケチャップの起源とは言い難いものの、ヨーロッパにも古くからケチャップのような調味料が存在したという説もあります。それは古代ローマで万能調味料として親しまれていた「ガルム」と呼ばれる魚醤の一種古代ギリシアが発祥とされる、魚の内臓を塩水に漬けて発酵させた上澄みだとか。

ローマ時代には一般市民までガルムを日常的に使用していたことが分かっていますし、貧民層はガルムを抽出した後に残る絞りカスを調味料として使用していたそう。ローマ帝国の滅亡と共にガルムの製法も途絶えてしまい、ヨーロッパ全体でも魚醤は一部地域でしか使われなくなってしまいます。似たものは近くにあったのに、1000年以上も経ってアジアから再導入するような形になっているというのは不思議ですね。

イギリスでキノコケチャップ

17世紀末頃にマレー半島の人々がケチャップと呼んでいた調味料を口にしたイギリス人。彼らはこの発酵調味料を自国で再現しよう、もっと自分たちの口に合うようにしようと、母国で試行錯誤を行いました。イギリスではアンチョビやカキの他に、きのこ・クルミなどを加えた独自のダークソースが生み出されていきます。初期には魚介類をメインにしたものもあったようですが、イギリスで独自に考案されたキノコメインの“Mushroom ketchup”が人気になっていったよう。

初めてケチャップのレシピが公表されたのは、1727年に出版された『The Compleat Housewife』という料理本。この中でケチャップはマッシュルームに塩をふって出した汁に、アンチョビやセイヨウワサビほか香辛料どを加えた調味料として紹介されています。その他にクルミケチャップやベリー類のケチャップなども作られていましたから、材料は植物性食品が主になっていたと言えそうですね。ちなみに現在でもマッシュルームケチャップはイギリスで使用されており、お味としては私達が想像するケチャップよりもウスターソースに近いものと推測できます。

そのほかブルーベリーケチャップやアップルケチャップと呼ばれるものもイギリスでは作られていました。個人的にこちらはジャムもしくはフルーツソースと言いたい代物ですが、ケチャップ=調味料や香辛料を加えて作るソースの一種であると考えれば正しい呼び名ではあるのかなと。辞書でわざわざ「日本では(現在では)トマトケチャップの事を指す」というような書かれ方をするのが納得なくらい、18世紀~19世紀にかけてのイギリスでは様々な食材を使った“ケチャップ”が考案・利用されていたようです。

トマトとケチャップのイメージ

アメリカでトマトケチャップが誕生

現在のオーソドックスとなっているトマトを使ったケチャップが作られるようになったのは18世紀初頭頃、アメリカで始まりました。イギリスではキノコを筆頭に様々な野菜や果物でケチャップが作られており、アメリカへと入植した人々もマッシュルームケチャップなどを作っていたと考えられてます。キュウリのケチャップなどもあったようですが、トマトがケチャップに使われるまでには結構間が空いていますよね。

というのも、トマトの原産はアメリカ大陸。16世紀頃には既にヨーロッパへもトマトの種子が持ち帰られていますが、当時トマトは毒草ベラドンナに姿が似ていることから毒があって食べられないものと考えられていました。日本でも伝来当初は観葉植物扱いでしたしね。イタリアなどでは飢饉の関係がありもう少し早かったものの、アメリカでトマトが食べられるものとして普及したのは18世紀後半と遅かったのです。1790年頃になってやっとトマトが食べられることが知られ、ケチャップにも利用されるようになります。

トマトの歴史はこちら>>

しかし1795年の 『Receipt Book of Sally Bella Dunlop』に書かれているトマトケチャップのレシビは、マッシュルームケチャップなどと同じくトマトに塩を降って数日置き、出てした汁に香辛料を加えて煮るというもの。少し後の1801年に出版された『The Sugar House Book』に書かれているトマトケチャップのレシピは“トマトを乾いた状態で絞ってから塩漬けにし、煮て香辛料を加える”となっていますから、まだ私達のイメージするトマトケチャップとは程遠いものだったと想像できますね。

ともあれ、トマトはあまり日持ちのしない食材でもあったので、加熱してビンに詰めておけば一年近く日持ちがして、しかも料理に旨味とコクを加えてくれるトマトケチャップはアメリカで人気になっていきました。生野菜としてのトマトの普及よりも、トマトケチャップの普及の方が早かったなんて言われ方をする事もあるほど。1850年頃になるとアメリカでは各家庭でトマトケチャップが作り置きされているのが当たり前、という状態になっていたのだとか。この頃には酢や砂糖も加えられ、現在のトマトケチャップを薄めて素朴にしたようなものが使われていたようです。

そして、1876年。現在でもトマトケチャップの代表的なメーカーと言えるハインツ社によって、初めて瓶詰めトマトケチャップが販売されます。トマトを湯剥きして焦げ付かないように煮詰めるトマトケチャップ作りは大変。そこでハインツ社では「Blessed relief for Mother and the other women in the household!(お母さんや家庭を預かる女性に祝福を!)」というキャッチフレーズと共にトマトケチャップを売り出し大ヒット。ケチャップ作りの手間から開放されるだけではなく、保存性を高めるために酢と砂糖を効かせた濃厚な味も人気に。アメリカの家庭の常備調味料として親しまれる存在になりました。

ケチャップの発祥と広い範囲で見れば中国・マレー半島・イギリスと様々に辿れますが、トマトケチャップについてはアメリカ発祥の調味調と言えます。ケチャップ=アメリカというイメージがあるのも納得ですね。

日本への導入と普及

日本にケチャップが伝わったのは明治時代。明治は1868年からですから、既にアメリカではトマトケチャップが大半の家庭に普及していた時代です。このため日本では最初からケチャップ=トマトケチャップとして伝わったというわけですね。当初は輸入食品類として販売されていましたが、1903年(明治36年)には横浜の清水屋が国内初とされるケチャップの製造販売を行ったそうです。

また、現在もケチャップとして知られるカゴメ創業者の蟹江一太郎氏は明治32年からトマトなどのの西洋野菜の栽培に着手。トマトは野菜として売れ行きが良くなかったことから加工品としての販売を考えたそうで、明治41年からトマトケチャップの製造・販売が行われています。

販売してすぐから爆発的ヒットとはならなかった様ですが、トマトケチャップを使うような洋食の普及と合わせて徐々に日本の食文化の中にもトマトケチャップは浸透していきました。生のトマトは独特の食感や青臭さから好き嫌いが分かれたものの、味を整えられているケチャップなら食べやすかったというのもあるかもしれませんね。大正~昭和初期にはチキンライスやナポリタンなどもケチャップで味付けされることが増え、戦後には家庭で洋食を作る時の必需品として欠かせない調味料になっていきました。

日本だけではなく世界中にアメリカからトマトケチャップ文化は広まっています。ホットドックフライドポテトなどにもケチャップは定番。日本ではトマトソースの代用品感覚でケチャップが使われていますが、タイやインドではタマリンドの代用品として使われることもあるそうですよ。ケチャップの起源と言われている中国の料理の中でもエビチリなどにはトマトケチャップを使っていますね。

アメリカではケチャップをベースにしてバーベキューソースなど他のソースを作ることからマヨネーズなどと共に“mother sauce”と称されることもあります。トマトケチャップの一般化は便利さ+アメリカの影響力と言ったところでしょうか。

参考サイト:Where Did Ketchup Come From?アメリカ人が大好きなケチャップの起源は中国だった!?ガルム (調味料) – Wikipedia

子どもが好きな味の定番でもあるケチャップ。アメリカでは95%以上の家庭に常備されているそうですし、日本でも結構高確率であるのでは無いでしょうか。TVではどこかの県民の方はケチャップ好きで、お味噌汁に結構ガッツリ入れるというのを拝見した覚えもあります^^; 和食に使うのはさておき、卵やフライ類にはよく合いますし、エセハヤシライスやオーロラソース作りなどにも活躍してくれます。トマトを愛する国(?)イタリアではケチャップが忌避されている理由に「工業的に作られている」ことが上げられますが、トマトケチャップの手作りは大変。

トマトケチャップの作り方は皮を向いたトマトを加熱→濾す→低温でじっくり煮詰める→砂糖・塩・酢・香辛料類(オールスパイス、クローブ、シナモン、クミン、ニンニクなど)を加えるというもの。香辛料を揃えるところから始めると、手間だけではなくお金もかかります…。個人的には日本で大々的にトマトケチャップを販売してくれたカゴメさんを始め各メーカーさんに感謝したいところ。ちなみにトマトケチャップとトマトソースについては、ケチャップは酢が入っているもの・トマトソースは酢が入っていないものと区分するのが一般的だそうです。