キッシュはフランス発祥? ドイツ料理?
-キッシュとタルトの違いや歴史を紹介

キッシュはフランス発祥? ドイツ料理?<br/ >-キッシュとタルトの違いや歴史を紹介

カフェやカジュアルフレンチで提供されたり、お洒落女子がお家パーティー用に作ってインスタにアップしたりと、お洒落料理なイメージのあるキッシュ。都市部を中心に専門店もメディアなどで紹介されていますね。サクサク生地とクリーミーな具材のバランスが美味しいフランス料理の一つで、具材のバリエーションが多く様々な種類があるのも魅力です。

何となくキッシュのイメージやフランス料理であるという事は分かっている、食べたこともある、けれど「キッシュってどんな料理?」と聞かれると説明に困ってしまうのではないでしょうか。パイの違いやよく聞く“キッシュ・ロレーヌ”とは何か、キッシュのルーツや発祥地についての豆知識をお届けします。

キッシュについて

キッシュの定義

キッシュはパイ生地やタルト生地などのペイストリーで器を作り、野菜やベーコン・チーズなどの具材と生クリームや牛乳・卵を混ぜた卵液を混ぜたものを入れ、オーブンで焼き上げたフランス料理の1つ。キッシュという呼び名もフランス語の“Quiche”の音をそのまま拾ってカタカナに置き換えられています。

料理の種類としてはパイ、オープンパイの一種に分類されることが多いように感じます。また、卵と牛乳もしくは生クリームを使用するものはカスタード料理の一種として数えられることもあります。

キッシュは上記のような作り方をした料理の総称ですので、具材に特に決まりはありません。ベーコンとほうれん草のキッシュや、チーズを入れたキッシュ・オ・フロマージュなどなどバリエーションが豊富なお料理です。中でも「キッシュ・ロレーヌ(Quiche Lorraine)」という、ベーコンとチーズを牛乳・生クリーム・卵で作った卵液に混ぜ込んで焼いたシンプルなキッシュがキッシュの代表格のように扱われています。

キッシュ・ロレーヌが定番キッシュとして扱われているのは、キッシュという料理の発祥の地=フランス北東部のロレーヌ地方である、というのが定説のため。ロレーヌ地方で食べられていたキッシュが広がっていき、様々なバリエーションのキッシュが食べられるようになったというわけですね。このためキッシュ・ロレーヌは最も基本的なキッシュのレシピとして扱われているようです(日本だとほうれん草などの野菜が入ったキッシュの方がオーソドックスですけどね)。

キッシュはフランス料理?

キッシュはフランス料理の一つとされますが、フランス発祥なのかは少々微妙なところ。
というのも、ロレーヌ地方はドイツに隣接しており、1918年に短期間だけアルザス=ロレーヌ共和国として独立した経緯もある地域。ローマ人に征服されてから神聖ローマ帝国支配下になったり、フランスに占領されたり、一部がドイツに併合されたりと、フランスとドイツによって争奪戦が繰り返された歴史があります。

ロレーヌ地方には現在でもドイツ系移民の方がいらっしゃるようですし、文化風習の面でもフランス・ドイツ両方の特徴を持ち合わせた独自の文化が形成されています。Centre National de Ressources Textuelles et Lexicales[1]ではキッシュ(Quiche)という言葉の語源も、ドイツ語でパイやケーキを意味する“kuchen(クーヘン)”に関係している可能性があると紹介されています。ロレーヌ地方の方言でもQuicheではなく「küechen」と呼ぶのだという話もありますよ。

ロレーヌ地域の郷土料理はキッシュ・ロレーヌですが、隣接するアルザス地方ではタルト・フランベ(フランス語:Tarte flambée)やフラムクーヘン(ドイツ語:flammkuchen)もしくは「アルザス風ピザ」など呼ばれる薄焼きピザのような料理が郷土料理。タルト・フランベは薄く伸ばした小麦粉生地にチーズもしくは生クリーム・サワークリームなどを塗り、スライス玉ねぎとラードン(豚の脂身)もしくはベーコンをのせて焼いたもの。乳製品がメイン、脂質分の多い豚肉が具という点はキッシュ・ロレーヌの特徴と似ていますよね。

ちなみに、クグロフもアルザス地域の郷土菓子として扱われています。文化が入り混じるアルザス・ロレーヌ地域はグルメエリアでもありそうです。

キッシュとタルト、パイの違いは?

見た目も作り方も似ているキッシュ、タルト、パイ。
これらの呼び訳について明確な区分は決められていませんし、国によっても多少ニュアンスが違うことがあります。世界中の料理や呼び方で見ると異なる部分もありますが、日本では

タルト
洋菓子。生地を上に被せて焼かない。

キッシュ
料理(食事・軽食として食べる)。

と呼び分けていることが多いように感じます。国によっては食事として食べられる甘くないものもタルトと呼ばれていますけれど、日本だとタルト=スイーツという感じが強いのではないでしょうか。

ちなみに「パイ」については国内でも解釈が分かれます。
食事・菓子両方にパイという言葉は使われていますし、アップルパイなどのように覆われていない“オープンパイ”も存在しています。パイと聞いて思い浮かべる方が多いミルフィーユ状でパリパリサクサクした食感の生地ではなく、練パイと呼ばれるみっしりした食感のパイもありますしね。

慣例的に

  • パイ
    →キッシュを含む様々な料理の総称/ミルフィーユのような折パイ生地のもの
  • キッシュ
    →お食事系の味付けで、生地は薄片状もしくはパイよりもしっとりしたもの
  • タルト
    →クッキーに近い生地の型の中に、甘い具材を流し込んだお菓子

という形で呼び分けることが多いですが、厳密な区分ではない点は覚えておくと良さそうです。日本でもキッシュが売りのお店ではデリ系キッシュ・スイーツ系キッシュのメニューがあるところもありますしね。

キッシュのルーツと歴史

類似料理は紀元前からあった

キッシュ誕生と繋がりがあると考えられているのはドイツの“kuchen(クーヘン)”ですが「ペイストリー系の生地を器のようにして、具材を入れて焼く」という調理法自体は、紀元前、もしかすると新石器時代まで遡ると推測されています。

キッシュのイメージ画像

古代エジプト(紀元前1200年代頃)ではラムセス2世の墓の壁からはポットパイのようなものを持った人物が描かれており、古代ギリシアでは小麦粉と水を混ぜて作った生地に肉を入れて焼いていたという説もあります。こうした古代のパイは焼く時に被せるラップのような役割であったという見解もありますが、非常に古い時代からパイやキッシュに通じる料理法はあったと考えられます。

ミートパイの歴史はこちら>>

いつから蓋の役割を持っていたペイストリー(穀物粉ベースの生地)が、容器のように使われるようになったかは分かっていません。少なくとも中世には、北ヨーロッパを中心に“コフィン(coffins/coffyns)”と呼ばれる堅い生地の中に具を入れて焼く方法が広まっていたようです。このコフィンは耐熱皿と保存容器両方の機能を持っていましたから、完璧に中身を覆うタイプだったのでしょう[2]。

直接的な起源は中世のロタリンギア王国?

キッシュの原型となる料理が誕生したと考えられているのも中世。
コフィン普及期と同じくらいの頃ですね。

諸説ありますが、キッシュは現在のフランス・ドイツ・ベルギー・オランダを含む地域に9世紀頃に存在したロタリンギア王国、もしくはロタリンギア王国が分割されたことでフランスのロレーヌ地方北東部からドイツにかけての地域に建ったロートリンゲン公国で誕生した[3]との説が有力視されています。この地域は早い時点ではドイツ勢力化で“Lothringen(ロートリンゲン)”と呼ばれ、のちにフランスに合併されたことでフランス語で“Lorraine(ロレーヌ)”と呼ばれるようになったそう。

フランスに合併されロレーヌと呼ばれる前からキッシュの原型といえる料理は存在していた、つまりキッシュのルーツはドイツにある、という主張もあります。キッシュという呼称もロレーヌ地方では「küechen」であり、パイやケーキを意味するドイツ語「kuchen(クーヘン)」と繋がっているというのが定説ですから、起源はドイツにありとなるわけですね。

フランス支配下でキッシュが誕生

ロートリンゲン公国がフランスに併合された後も、ロレーヌ地方では「küechen」が食べられ、時代と共にアレンジされていきました。当時のキッシュは小麦粉を発酵させたパン生地に近い生地を使用し、卵・ラードン(豚の脂身)もしくはベーコン・クリーム(牛乳)を流し込んで焼いたものだった[1]ようです。

当時のキッシュは「卵とクリームカスタードとスモークベーコンを詰めたオープンパイ」と呼ばれていた[3]そうですから、現代ではキッシュ・ロレーヌの定番となっているチーズも使用されていなかったのでしょう。どちらかというと日本で売られているシチューパンのような総菜パン、ポット部分が全体を覆っているポッドパイのような感じですね。

こうしたクリーミーなソース+具を流し込んで焼く方法がロレーヌで誕生した…という訳ではありません。実は13世紀イタリア、14世紀イギリスでは既に「ペイストリー生地の中に、卵や牛乳で作ったカスタードソースと肉・魚・果物などの具を流し込んで焼く」という料理法が使われていました[4]。フランスでも同じく14世紀にはパイ生地が作られるようになり、その中に具材を詰めて焼いたパイ料理が食べられるようになっています。

ロレーヌ地域で食べられていたキッシュ・ロレーヌの原型も、おそらくこうした料理の製法を取り入れて発展したものと推測されています。小麦粉を発酵させて作ったパン生地から、練りパイ生地(ショートクラスト・ペイストリー)や折りパイ生地(パフペストリー/フイユタージュ)に切り替わり現在のキッシュに近い形になったのも15世紀前後でしょう。ヨーロッパの色々な料理方法が入り混じり出来た料理と言えそうです。

キッシュのイメージ画像2

キッシュがフレンチになる

1766年にロレーヌ地方はフランス王国に併合され、ご当地レシピだったキッシュロレーヌの存在はフランスに広まっていきます。当時のフランスは既に食文化が発達しており、様々なシェフが食感や見た目の美しさに切磋琢磨していた時代。半世紀後の19世紀初頭はフランス料理の発展に貢献した「シェフの帝王」マリー=アントワーヌ・カレームが活躍していた時期でもあります。

フランスに伝わったロレーヌ地域の料理法も、オリジナルのレシピからアレンジされ「キッシュ(Quiche)」という総称の中で様々なバリエーションが作られていきました。チーズを入れたキッシュ・オ・フロマージュ(quiche au fromage)、キノコを入れたキッシュオシャンピニオン(quiche aux champignons)などなどフレンチではキッシュの種類がたくさんありますね。

ロレーヌ地域のキッシュもまた、チーズを入れたり生クリームを使ったりとリッチな材料が使われるように変化していったのではないでしょうか。キッシュが現在のような洗練されたペイストリー生地で作られるのがオーソドックスになったのは20世紀に入ってからである、という意見もあります。

20世紀、イギリスやアメリカでも流行

フランスで洗練され進化したキッシュは20世紀、第二次世界大戦後のイギリスで流行しました。一説ではイギリスの軍人が自国に戻った時にフランスで食べたキッシュのレシピを伝え、そこから人気が出たのだとか。イギリスから数年遅れた1950年代にはアメリカでもキッシュが人気を博しました。英語圏の国ではチーズはよく食べられているチェダーチーズに、ラードンはベーコンに、と馴染みのある食材へと置き換えられたものの、いまだに食べられる料理として定着しています。

1900年代、一部の方はキッシュには肉が少ししか入っていないことから「女性が好きな料理(キッシュを食べるのはひ弱な男だけだ)」という考え方をする人もおり、本物の男であると自負している男性には避けられる傾向にあったそうです。ちなみに力強い本物の男は朝からステーキを食べたのだとか…。

ともあれ、現在はそこまで極端な考え方をする方はほぼ居なくなっています。美食の国フランスの料理ということに加え、キッシュの流行から定着に至ったイギリスやアメリカは他国へも影響力も強い国。フランス食文化の一つとして、アメリカやイギリスで人気の料理として、キッシュは世界中で食べられているお料理となりました。地域で取れる具材を入れて、お好みに合ったキッシュを作れるのも普及の一端になっていそうですね。

参考サイト
[1]QUICHE : Définition de QUICHE
[2]The History of Pie from Egypt to Greece, Rome, Europe and Now
[3]Quiche: The ultimate brunch food with a unique history
[4]A History of Quiche

日本だとお洒落なもの好きな女性を中心に食べられている(※個人的な見解です)キッシュですが、元を辿れば郷土料理。大昔に食べられていたキッシュの原型を知ると「主食も主菜もまとめて焼いて食べてしまえ」という、日本のおにぎりや炊き込みご飯に通じる部分があるように思えて親しみがわきました。ロレーヌ地方だけではなく今ではフランス全体で家庭料理・おふくろの味の一つとして広まっており、グリーンサラダと一緒に食べることがポピュラーなのだとか。