フランス菓子マドレーヌ、なぜ貝殻型?
-フィナンシェとの違い、発祥説も紹介

フランス菓子マドレーヌ、なぜ貝殻型?<br />-フィナンシェとの違い、発祥説も紹介

日本でも定番の焼き菓子として親しまれているマドレーヌ。コンビニなどでも販売されていますね。コロンとした貝殻型が可愛らしいですし、クセが無い軽めの食感なのでスイーツギフトにもよく使われてるように思います。フランスのお菓子ということも知られていますが、どうして貝殻型なのか・いつからフランスで食べられているかご存じですか? 一歩踏み込んだマドレーヌ雑学をまとめてみました。

マドレーヌとは

マドレーヌってどんなお菓子?

マドレーヌ(Madeleine)はフランス発祥の焼き菓子の一つ。ワインとニンニク、またはバゲットとチーズと同じくらいフランスの代名詞的存在であると表現しているサイト[1]もあるくらいに、フランスのお菓子として世界的に認識されています。フランスでもティータイム/コーヒーブレイクや子供のおやつとして親しまれているお菓子の一つです。

マドレーヌの最も特徴的な点は貝、ホタテの貝殻に見立てた焼き型を使って焼き上げられていること。諸説ありますが、スペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼のためにシンボルとされていたホタテの貝殻をモチーフにしたという説もあります。一部の方々にとってはホタテの貝殻型をしているという点が重要なポイントなのですね。

マドレーヌの主な材料はバター、砂糖、薄力粉、卵(全卵)の4つ。それに加えてアーモンドパウダー、レモンピール、パニラエッセンス、ラム酒やブランデーなどを好みに合わせて加えられています。4つの主原料はバターケーキやパウンドケーキに近い配分で、英語だとフランス語そのままの“Madeleine”以外に“French Butter Cake”と表現されることもあります。

それなのにマドレーヌがパウンドケーキなどとは違う、ふんわりと軽いした食感ですよね。これは、材料を混ぜる時に、最初に卵と砂糖をよく混ぜるて空気を含ませる(ジェノワーズ法)ためと言われています。卵と砂糖を泡立ててから、小麦粉を加えて、最後に溶かしバターを加えるんですね。現代のレシピでは若干ぺーキングパウダーも入りますが、この方法で作ることで生地がきめ細かく、みっしり感を感じさせない軽い食感に仕上がる[2]のだそうですよ。

元は女性の名前?

マドレーヌという呼び名の由来は、このお菓子を初めて作った女性の名前であるというのが定説となっています。ただし“いつ誰が作ったか”というエピソードについては諸説あり、これが真実だと断定されていません。発祥説については代表的なものを後ほどご紹介します。

ちなみに、フランス語では新約聖書に登場する「マグダラのマリア」が「マリー・マドレーヌ(Marie Madeleine)」となり、日本でも聖マドレーヌと表記ざれることもあります。パリの観光名所にもマドレーヌ寺院/マドレーヌ広場はマグダラのマリアが由来ですし、聖女にあやかってマドレーヌと名付けられる女の子も珍しくないそう。

円形(菊型)マドレーヌは日本独自?!

上の「マドレーヌとは」ではマドレーヌを貝殻の形に焼きあげたお菓子、と紹介しました。

…が、日本では貝殻型ではないマドレーヌがありますよね。
よく菊型と表現される、フチがギザギザした円で平らなタイプ。商品としても、マドレーヌ型としてもこの菊型マドレーヌは結構あります。特に一回使いきりの紙型でマドレーヌ用というのはほぼほぼ菊型です。

私たちにとっては馴染みあるマドレーヌの一つの菊型。
ですが、実はこの形状をしたお菓子の場合、厳密にはマドレーヌとは言えません。日本国外だと首を傾げられてしまうタイプですね。

というのも、菊型のマドレーヌは“Pain de Gênes(パン・ド・ジェーヌ)”というお菓子が原型。日本に伝わり広まる中でマドレーヌと混同され、パン・ド・ジェーヌの型でマドレーヌが焼かれるようになったまま定着し今に至ります。今や日本では菊型だけではなく、ドーム型やクマちゃん型のマドレーヌもあります。伝わった当初から現在まで「貝殻の形をしていなければいけない」というこだわりが強くないんですよね。

フィナンシェとマドレーヌの違いは?

マドレーヌとよく似た菓子にフィナンシェがあります。どちらもフランスの焼き菓子で、見た目や味も似ていますよね。レシピによっても違うので全てがそうとは言えないのですが、オーソドックスな製法の場合だと2つのお菓子の違いはどの辺にあるのか調べてみました。

見た目・由来

マドレーヌは基本的に貝殻を模したマドレーヌ型を使って焼きあげられます。発祥説には諸説ありますが、いくつかの説には“ホタテ”が登場することもあり、ホタテの形をしているということが重要なポイントと言えます。マドレーヌと言うお菓子の呼び名は考案者とされる女性の名前が由来。

フィナンシェ(Financier)は“金の延べ棒”に似た姿が名前の由来とされてます。お金持ちや金融家という意味でも使われる言葉です。由来の通り金の延べ棒にも似た、平たい長方形をしていることが特徴。生地が固めでしっかりとしているので、金融街で服を汚さずにポケットに入れておき手早く食べられるように作られたという説もあります。

材料と食味

マドレーヌもフィナンシェも主原料は小麦粉・砂糖・バター・卵の4つ。加えてオーソドックスなプレーンのレシピで比較すると、フィナンシェは小麦粉とほぼ同量のアーモンドを使用します。マドレーヌは使わなくても良いですし、入れるとしても風味付け程度の扱いです。

また、マドレーヌは全卵・溶かしバターを使うのに対して、フィナンシェは卵白と焦がしバターを使用します[3]。この材料の違いでマドレーヌはふんわりと優しい風味に、フィナンシェはバターの香りが強くくっきりとした味わいになるんですね(※レシピによっては違うこともあります)。

食感もマドレーヌとフィナンシェには少し違いがあります。マドレーヌはカステラやパウンドケーキに近い、ふんわりと柔らかい食感。フィナンシェはマドレーヌよりも生地がみっしりと重めで、表面がパリッと少し硬めに焼きあがります。金融街の人がポケットに入れていた、という逸話も納得ではあります。

とは言え、本場フランスでは分かりませんが、日本やアメリカではマドレーヌやフィナンシェの材料・作り方は結構バラバラ。焦がしたバターを入れたマドレーヌも、全卵が使われたフィナンシェもあります。日本の場合は貝殻型ではないマドレーヌもありますから、明確に区別化されているとは言い難いです。

フィナンシェについてはこちら>>

マドレーヌ発祥説と歴史

マドレーヌ由来説色々

マドレーヌの発祥・由来は諸説あり分かっていません。似たエピソードでのバリエーションも含めると数え着ないほどの発祥説があるのですが、代表的なものをご紹介します。なお発祥・由来説についてはThe New York Times[4]を参考にさせていただいております。

マドレーヌ発祥説①召使いの少女

マドレーヌ発祥エピソードとして、かなり高頻度で登場するのが、ロレーヌ地方を治めていた元ポーランド王のスタニスラス・レクチンスキー公に使えていた少女の逸話。1755年のある日、パーティーの準備中に菓子職人が機嫌を損ねて帰ってしまい、困った料理長が召使いだったマドレーヌ・ポミエ(Madeleine Paumier)という少女にお菓子を作るように命じました。彼女はちょっと変わったお菓子を作れると評判があったらしいです。

マドレーヌが作れたのは、祖母から教えてもらった焼き菓子だけでした。彼女が作った小さなケーキがパーティーで供されると、貴族たちはそれを大変気に入りました。レクチンスキー公も高く評価し、彼女の名にちなんで出されたケーキを“マドレーヌ”と命名しました。

レクチンスキー公の娘はルイ15世の元に嫁いでいた娘のマリー・レクチンスカ王妃。彼は愛娘にもマドレーヌを送ったという話もあります。その結果、ベルサイユ宮殿でもマドレーヌが用意されるようになり、フランス貴族、ヨーロッパの王侯貴族たちへも広がっていたっと伝えられていますよ。

マドレーヌ発祥説②コンポステーラ巡礼路

マドレーヌの発祥説として外せないのが、スペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路との関連説。巡礼路関連の発祥説はさらに複数に分かれています。良く紹介されるエピソードとしては、ロレーヌにいた料理人のマドレーヌさんが巡礼者を労うために小さなケーキを提供した、というもの。巡礼の標識や巡礼者のエンブレムは聖ヤコブのシンボルである“(ホタテの)貝殻”だったので、それを模した形に焼いたと伝えられています。

それ以外にロレーヌという女性巡礼者がレシピを持ち帰り広めたお菓子だから、巡礼路沿いの修道院で修道女たちが巡礼者向けにケーキを販売することで収益を得ていた、などの説もあります。

マドレーヌ発祥説③ジャン・アヴィス

マドレーヌはシャルル=モーリス・ド・タレーランのパティシエとして働いていたジャン・アヴィスが、19世紀初頭に発明したという説もあります。①の説よりも半世紀くらい後の話ですね。彼は最初にアスピック型(ゼリーの型)で小さなケーキを焼くことを思いつき、それがマドレーヌの発明であると説明されています[5]。呼び名の由来については分かっていませんが、一説では、彼の当時の恋人がマドレーヌだったのでその名を付けたとも。

ちなみに、発案者とされるジャン・アヴィスは19世紀の偉大な菓子職人/料理人と称される方。彼は1798年に焼いたシュー生地を完成させた功績がある方で、弟子のアントナン・カレームが現在のシュークリームのレシピを完成さえています。彼が活躍した時期よりも前からマドレーヌというお菓子についての記述があるため、完全オリジナルの可能性は低いような気がします。シュー生地と同じく既にあったものを洗練されたお菓子として完成させた可能性はありますね。

18世紀頃から文献にもマドレーヌが登場

フランスで文献にマドレーヌという言葉が登場するのは、18世紀半ばころからです。最も古いレシピと考えられているのは、1755年にメノン(Menon)という料理研究家の形が記した『Les soupers de la Cour ou L’art de travailler toutes sortes d’aliments』という書籍。この中で282番に“Gâteaux à la Madeleine”という料理のレシピが掲載されています。説明にもpetits Gâteaux=小さなケーキと言う言葉があります。

このあたりの記述からも、少なくともジャン・アヴィスが活躍した19世紀よりも前からマドレーヌもしくはその原型と言えるお菓子は存在していたことが分かります。1755年にマドレーヌ・ポミエが作ったことで広まったという説も、当時の情報の伝達速度を考えると同年に書籍になるか疑問なところ。このため1661年に枢機卿ポール・ドゥ・グロンディが料理人に新しい菓子を作るように命じたという説も有力視されています。

コメルシーで商業的に生産される

マドレーヌの発祥説を調べていると、ロレーヌとコメルシーという地名が多く出てきます。コメルシーというのはロレーヌ地域圏にある町なので、ほぼ同じ地域を指していると考えても良いでしょう。フランス北東部が発祥地として有力……とも捉えられますが、実はコメルシーは商業的にマドレーヌを生産している地域。最初にマドレーヌの大規模生産を行ったのも1760年代、コメルシーとされています[5]。

このことから、
フランス王室で使われたレシピ
発祥説②で修道院が秘匿していたレシピ
をコメルシーの菓子職人が買い取り、PRの一環としてコメルシーでのマドレーヌ発祥エピソードを広めたのではないかという見方もなされています。ともあれ、コメルシーで作られたマドレーヌはパリにまで輸出され、鉄道によって輸送できるようになると毎日万単位で生産されていたようです。発祥の地かはさておき、200年以上の歴史を持つ名産地であることは間違いないですね。

「失われた時を求めて」で世界的にヒット?

フランスを中心に18~19世紀頃から食べられていたマドレーヌ。このお菓子を世界中の人が知るようになったきっかけは、フランスの小説家マルセル・プルーストが記した長編小説『失われた時を求めて(原題:À la recherche du temps perdu)』と考えられています。この小説は20世紀を代表する小説とも言われる不朽の名作の一つ。かつ「世界最長の小説」としてギネス認定されていたりと、とにかく色々桁外れな作品ですね。

この『失われた時を求めて』を代表するシーンが、物語の最初の方で主人公がマドレーヌを食べるシーン。紅茶に浸った一片のマドレーヌが口に触れた瞬間に主人公は快感に身震いし、幸せがこみあげてくる体験をします。それが何故かを考えることで主題となる「失われた時」記憶の物語へと繋がっていくのです。

難解な長編ではありますが名作と評価される作品の、印象深い冒頭のシーン。そこに登場するマドレーヌにも注目が集まった――ありそうですね。日本のアニメきっかけで海外の方がハンバーグに興味を持たれたりとか、そういう感覚に近いのかもしれません。余談ですが、自分は『失われた時を求めて』盛大に挫折しました。マドレーヌのちょっと先までしか読んでいないので“無意志的記憶”とかは分かりませんが、飯テロ的な感じでマドレーヌ美味そうとはなりました(笑)

【参考サイト】

  1. A Brief History of the French Madeleine
  2. Madeleines | Sally’s Baking Addiction
  3. 見た目? 材料? 「マドレーヌとフィナンシェの違い」って何?
  4. FARE OF THE COUNTRY; OF MEMORIES AND MADELEINES – The New York Times
  5. Madeleine_(cake)

歴史(古代~中世)好きではあるので、巡礼路のホタテ標識のエピソードは知っていました。それで面白そうと思ってマドレーヌを調べてみたのですが、、それまではフィナンシェとの違いがいまいち分からなかった人です。日本で調べるとレシピも色々で…クック●ッドとかだと、どっちもHMで作っていたりしますしね。。

ちなみに、サンティアゴ巡礼のシンボルがホタテなのは聖ヤコブのシンボルと言うのが通説。ですが、巡礼者がホタテ貝を食器代わりに使っていたなんて説もあります。マドレーヌの発祥を調べた時にも超マイナーですけれど「ホタテの殻に生地を入れて焼いた」という説を紹介しているサイトもありました。そうだったら青森の貝焼き味噌の、フランス&スイーツ版みたいで面白いなと思ったり。