オムレツはフランス発祥? 古代ローマ?
-オムレツの歴史や卵焼きとの違いも紹介
家庭でも外食でも目にすることが珍しくないオムレツ。今となれば多くの方にとって当たり前にある料理の一つとなっているのではないでしょうか。そんなオムレツですが、ルーツであると考えられている料理は古代からあるものの、現在私達が食べているような形になったのは近世と近代の境目あたりだとご存じでしたか? 今回はオムレツの定義や卵焼きとの違い、古代~中世のオムレツや各国のオムレツの特徴などを紹介します。
目次
オムレツの定義と種類とは
オムレツとは
オムレツは卵を溶き、味付けしたものを円形・半月形・紡錘形(レモンのような形)などに焼き固めた卵料理の一種です。卵と調味料のみのプレーンオムレツもありますし、肉や野菜などの材料を卵で包み込む・混ぜ込んで焼いた具入りのオムレツもあります。英語ではomeletteもしくはomeletと表記されます。日本でオムレットと言うとスポンジ記事に生クリームが挟まれているスイーツの方のイメージが強いですが。
調べてみたのですが、オムレツの定義はとても曖昧。日本語辞書ではオムレツ=溶き卵を「紡錘形に焼いた料理」と紹介されていることもありますが、フライパンで焼いた円形の卵を半分に折ったタイプ(半月/半円型)、ジャガイモなどの具材を混ぜ込んでじっくりと加熱するスパニッシュオムレツは鍋と同じ形である円形、もしくはそれを三角に近い形に切り分けて提供されることもありますよね。
英語版のwikipedia“Omelette”のページ[1]ではオムレツの形状については触れられていません。広い意味では溶き卵を(脂をひいた鍋やフライパンなどで)加熱して固めた卵料理の総称としても使われているのでしょう。
オムレツと卵焼きの違いは
溶いた卵を加熱したシンプルな卵料理として、日本ではオムレツ以外に卵焼きもありますよね。オムレツと卵焼きの違いとして代表的な点は、卵焼きは出汁が入ることが多い・薄く焼きながら巻いて厚みを出すという2点。出汁が入ることで和風の風味に、薄く焼いた卵を重ねて巻いてゆくことでオムレツとは異なる独特の食感が生まれますよね。
とは言え、オムレツという言葉は溶き玉子を使用した卵料理の大まかなカテゴリー名のようなもの。一口に「オムレツ」と言ってもバリエーションは非常に多く、世界中の様々な料理がオムレツの一種もしくは仲間として扱われているようです。英語版のwikipedia“Omelette”のページ[1]では卵焼きについても「日本の伝統的なオムレツは卵焼き」と紹介されていますし、台湾の蚵仔煎(牡蠣オムレツ)・キッシュに似ているイタリア料理のフリッタータなども全てオムレツの仲間としてカテゴライズされています。
また、日本でもお寿司屋さんで提供されるような卵焼きや、最近簡単なレンジ調理としてメディアでも取り上げられているような「巻かないタイプの卵焼き」もあります。出汁の入った卵焼きを“だし巻き卵”と表現するように、出汁を入れない卵焼きもありますよね。和風洋風・卵の食感などで私たちはオムレツと卵焼きを区別していますが、広義オムレツの種類の一つとして卵焼きでも、卵焼き=卵を焼いたものの一種としてオムレツでも間違いではないのでしょう。どちらも幅の広い言葉です。
世界のオムレツの種類・特徴
オムレツは広義だと溶いた生卵を加熱して凝固させた料理の総称。このため日本の卵焼きや中国の“芙蓉蛋(フーヨンタン/かに玉など)”であったり、台湾の名物である“蚵仔煎(牡蠣オムレツ)”などもオムレツの仲間として扱われています。さらにもっと広い捉え方をするとオムライスや天津飯などもオムレツという大きな括りの中の一つ。このような卵料理は世界中にあるため「オムレツ」に含まれる料理数は多くありますが、そのなかでも地域的の特色があるもの。日本でもレシピが普及しているものをいくつかご紹介します。
フランスのオムレツ
私たちが現在オーソドックスな「オムレツ」として認識している、ふんわりと柔らかい半円形もしくは木の葉形をしたオムレツの作り方はフランスで確立したものです。フランス式のオムレツは表面が滑らかで焦げ色のないクリーム色であること、卵が固まる前の状態でかき混ぜて卵が底にくっつくことを防ぐ・空気を含ませたことでふんわりした食感になることが特徴。オムレツの内側が半熟で少しとろりとした部分があるのもフランス式の特徴。具材を溶き卵に混ぜ込むのではなく、卵の真ん中に包むのもフランス式オムレツから広まった手法[3]なのだとか。
フランスの世界遺産モン・サン=ミッシェルにあるレストラン“ラ・メール・プラール”の名物であるフワフワ食感が特徴的なスフレオムレツ“Omelette de la mère Poulard(オムレット・デ・ラ・メール・プラール)”もありますね。日本でもモンサンミッシェル人気・東京に“ラ・メール・プラール”が出店した関係からか、レシピサイトでもモンサンミッシェル風「ふわふわオムレツ」のレシピが人気ですよね。
スパニッシュオムレツ
スパニッシュオムレツもしくはスペイン風オムレツと呼ばれているのは、細かく切ったジャガイモやタマネギを溶き卵の中に混ぜ込んでしっかりと固焼きにしたオムレツ。このタイプは現地で“トルティージャ・デ・パタタス(Tortilla de Patatas)”と呼ばれ親しまれています。日本では単にトルティージャもしくはトルティーヤと呼ぶことが多いですが、トルディ―ジャ(Tortilla)はスペイン語で丸く薄焼きのパンケーキを指す言葉。単体だとトルティーヤ生地の方と一緒になってしまうため、ジャガイモを意味するパタタス(Patatas)を付けて区分しています。
スペインと言えば16世紀頃に黄金時代を迎え、中南米を中心に各地を植民地化した歴史のある国です。スパニッシュオムレツの作り方が確立したのは18世紀末頃というのが定説。この時点でスペインはかなり衰退していますが、キューバやフィリピンなど独立の遅かった国・スペイン移民の多い国ではスペイン風オムレツの影響を受けた「トルティージャ・デ・パタタス」が食されているそう。反対にメキシコなど早い段階で独立したメソアメリカの国では、トルテイーヤ=元々の自分達の食べ物であるトウモロコシや小麦粉などの穀物粉で作った平らなパンを指す[1]方が一般的なのだとか。
また、中東~西アジア地域にかけての地域も日本ではスパニッシュオムレツとして認識されているような、具材混ぜ込み型のオムレツが食されています。そのほかドイツでも細かく刻んだジャガイモ・タマネギ・ベーコンなどを溶き卵に混ぜ込んで焼いた“ホッペルポッペル(Hoppelpoppel)”なる田舎風オムレツがあります[2]。日本で目にするスパニッシュオムレツよりも更にジャガイモなどのサイズが大きく豪快、何となくジャーマンポテトを卵で固めたような雰囲気を感じるお料理です。
イタリア(フリッタータ)
「イタリア風オムレツ」や「イタリアの卵焼き」などと表現されることもある“フリッタータ(Frittata)”。こちらもスパニッシュオムレツと同様に溶き卵の中に具材を混ぜ込んで焼くタイプの卵料理で、具材を包むために生地を折る(巻く)ことはしません。大きな鍋で加熱して大きなひと塊を作り、それを切り分けて食べるという方式もスパニッシュオムレツに近いです。具を入れた卵液を鍋に入れて熱で固めているので、フワフワなプレーンオムレツと比べると少しみっしりしています。
フリッタータとのオムレツ(フランス式オムレツ)を区別する点は“生の溶き卵に少なくとも1つ以上の具材を加える・半熟状になるまで卵液を攪拌しながら焼いて食感を軽くする・オムレツよりも低温でゆっくり加熱する・上面に火を通すためにひっくり返したりオーブンに移し替えて焼くことがある”という4つ[1]とされています。
スパニッシュオムレツやフリッタータはそのままで食べられるくらい、しっかりと塩や香辛料で味を付けられていることも特徴。味や食感については日本でいう卵焼きとオムレツくらいの違いがありますが、フリッタータやトルディージャも広い捉え方では「オムレツ」の一種に分類されます。
左:photo by Cayobov/Sunday Frittata | 右:Kookoo-sabzi
イラン(クークー)
イラン(ペルシャ)で“クークー(Kuku/kookoo)”と呼ばれている卵料理もオムレツの一種として扱われています。系統としてはイタリアのフリッタータに近く、生の卵液に具材を混ぜてから低温で焼き固め、上面に火を通すためにひっくり返す・オーブンに移し替えて焼くという料理法です。写真では卵料理なのかも判別しにくいですが、写真のお料理は“クークー・サブジー(kuku sabzi)”と呼ばれるハーブや葉野菜を混ぜ込んだタイプ。
日本でプレーンオムレツや○○オムレツという呼び方が使われているように、イランでも「クークー」がオムレツに該当する言葉であり、混ぜ込む具によって前後に付く言葉が違います。“sibzamini kuku”であればスパニッシュオムレツと同じようにジャガイモがメイン、牛ひき肉が入れば“Kuku Gusht”などのように呼ばれているようです。
アメリカ(デンバー・オムレツ)
アメリカで食べられているオムレツはフリッタータやトルディージャ(スパニッシュオムレツ)などのように具材を混ぜ込込んでじっくりと加熱するタイプではなく、フランス式オムレツに近い作り方です。フランスのオムレツとの大きな違いは表面に少し焦げ色が付いていること・半熟ではなく結構しっかりと焼くという点。強火でスクランブルエッグを作り、それが一体化するまで置いておく[3]調理法で。表面のカリカリ感とかっちりとした歯ごたえが特徴です。
また、アメリカに南西部では“デンバーオムレツ(Denver omelette)”と呼ばれるオムレツが良く食べられています。デンバーオムレツは賽の目に切ったタマネギ・ピーマン・ハム・ベーコン・チーズを使用したタイプ。具材を溶き卵に混ぜ込むタイプと、オムレツの中心で包むタイプの2種類がありますが、調べた限り包むタイプの方が多いようです。ハムなどを切らずにピザのようにトッピングしているデンバーオムレツもありましたので、自由度が高い料理なのかもしれません。
オムレツの起源説と現代式になるまでの歴史
オムレツの原型は世界各地に
オムレツの起源・ルーツについては諸説あり、どこか一つの地域と断定されていません。古代ペルシアで卵を溶いたものを焼いた料理があった・古代ローマで食されていた・古代日本でもオムレツ(卵焼き)は食べられていた[4]などなど、各地で古くから独自に鳥の卵を(溶いて)加熱し食べるという料理法が行われていました。しっかりと管理されていない卵を生で食べると食中毒を起こす可能性が高いですから、卵を食べる地域ではそれぞれに加熱する→混ぜてから焼くという方法がとられていたのでしょう。
その中でも文献として確認できるのが古代ローマのレシピ。
4世紀~5世紀頃に記されたという古代ローマ(ローマ帝国)時代のレシピを集めた『Apicius(アピシウス/ラテン語: De re coquinaria)』にはオムレツに近い料理のレシピが登場しています。
その名は“OVA SPHONGIA EX LACTE”。
当サイトで度々お世話になっている『Apicius』の英訳サイト様では
[287] [302] OMELETTE SOUFFLÉE
FOUR EGGS IN HALF A PINT OF MILK AND AN OUNCE OF OIL WELL BEATEN, TO MAKE A FLUFFY MIXTURE; IN A PAN PUT A LITTLE OIL, AND CAREFULLY ADD THE EGG PREPARATION, WITHOUT LETTING IT BOIL HOWEVER. [Place it in the oven to let it rise] AND WHEN ONE SIDE IS DONE, TURN IT OUT INTO A SERVICE PLATTER [fold it] POUR OVER HONEY, SPRINKLE WITH PEPPER [3] AND SERVE.
引用元:Project Gutenberg’s Cooking and Dining in Imperial Rome, by Apicius
と、意訳すれば「鍋に油を入れ、牛乳と卵を混ぜたものを沸騰させずに焼く。片面が焼けたら折りたたんで蜂蜜を注ぎ、コショウを振りかけて提供する」という感じ。
蜂蜜が使われているのでスイーツっぽい感じもしますが、オムレツのレシピと言っても違和感はありませんよね。その他にも『Apicius』にはパンケーキのルーツでも登場した“ova sfongia ex lacte”や、カスタードの起源とも称される“Tyropatinam”などオムレツに通じそうなレシピは沢山登場しています。古代のカスタードやプリンとも、オムレツであるとも言えなくはない存在かなと。
中南米にもオムレツはあった?
上ではスペインなどヨーロッパ支配による影響から似たようなオムレツが作られていると紹介したラテンアメリカ。しかしラテンアメリカには元々攪拌した卵を焼く・トウモロコシ粉などの穀物粉と混ぜて焼くという料理法が存在していたという説もあります[5]。現在ラテンアメリカで“トルティーヤ”と言えばトウモロコシ粉や小麦粉を練って焼いたフラッドブレッドをさすのが一般的。アメリカ大陸にも卵が食用となる鳥はいたでしょうからつなぎのような形でトルティーヤ作りに加えた可能性はありそうですが…卵がメインのオムレツのようなものを食べていたかは分かりません。
16世紀頃フランスで「Omelette」が誕生
オムレツ(Omelette)という言葉が使われるようになったのは16世紀頃のフランス。語源は“alumete”で、更にこの言葉の古い形として13世紀頃に使われていた「ナイフの刃」を意味する“alemelle”に行きつくというのが定説[6]です。
15世紀前後からフランスでは卵を折る(巻く)ことでオムレツを平らなナイフの刃のような形状に作るようになり、16世紀頃になると卵を意味する言葉と混ざって“omelette”と呼ばれるようになったと推測されています。17世紀までのレシピ本には“alumete”として混ぜ合わせた卵を焼くというレシピが掲載され、1784年に記された料理本『Cuisine bourgeoise』になると“omelette”という表記が使われるようになっています[1]。
オムレツが現在の(フランス式)オムレツに近い製法になったのは、おそらく17世紀~18世紀頃。17世紀くらいから料理本では「卵を割ってよく混ぜ合わせる(泡立てる)」「フライパンにバターを溶かして炒める」という説明がなされています。19世紀に入るとパセリなどのハーブやハムと言った具材の表記が消えて卵+調味料メイン[7]、私たちが食べているプレーンオムレツに更に近いレシピが多く見受けられるようになります。
ナポレオンにもオムレツにまつわる逸話が
フランス南西部にあるベシエール(Bessières)という町は毎年イースターに数千個の卵を使って巨大なオムレツ、通称“イースター・オムレツ”が作られます。スフレオムレツ発祥の地であるモン・サン=ミッシェルと共に、オムレツの歴史などを調べていると必ず登場すると言っても過言ではない地域ですね。
イースター(復活祭)だからその象徴である“卵”を使って料理をするだけではなく、このベシエールの巨大オムレツ誕生には19世紀初頭のフランス皇帝ナポレオンが関係していると伝えられています。行軍の途中でベシエールの宿屋に止まった際、その宿の主人が提供したオムレツをナポレオンは気に入り、翌朝に「自軍に行き渡るように」と町中の玉度を集めて巨体なオムレツを作ることを命じた[4]と伝えられています。
スパニッシュオムレツも19世紀頃
ジャガイモを卵と混ぜ合わせて焼いたスパニッシュオムレツ(スペイン風オムレツ)がスペインで一般的に食べられるようになったのも、18世紀後半から19世紀初頭ではないかと考えられています。というのもジャガイモはアメリカ大陸原産野菜で、ヨーロッパで食材として受け入れられるまでには時間を要した食材。ジャガイモが広く食べられるようになったのは1770年代初頭に起こった飢饉の後という説もあるほどですから、ジャガイモを使った料理も18世紀後半から普及した可能性が高そうです。
スパニッシュオムレツのレシピが登場するのは、1854年にJose Lopez Camuñasが記した『La Cocina Perfeccionada(完璧な料理)』という料理本との見方が多いようです。それ以前から「トルティーヤに卵を入れる」と書かれている手紙があったり、1835年から数度にわたって行われたビルバオ包囲時に栄養価が高く簡単に作れる料理として考案されたなどの説[5]もありますが、真偽ははっきりしていません。
参考サイト
[1]Omelette – Wikipedia
[2]ベルリン風 田舎オムレツ ホッペルポッペル
[3]Difference Between American and French Omelets
[4]Who invented the omelette?
[5]All about Spanish omelette
[6]The Origin Of The Omelet – Everybuddy’s Casual Dining & Pub
[7]Food Timeline: history notes–eggs
発祥地なんて気にしたこともないくらい、当たり前に口にしていたオムレツ。古代から世界各地にそれっぽい卵料理の原型はあったようですが、フランス式に洗練されたオムレツも、新大陸の野菜であるジャガイモを加えたスパニッシュオムレツも「ほぼ現代と同じ」と言える形になったのは19世紀頃と歴史の中では最近の事なんですね。余談ですが古代ローマ式のハニー&ペッパーオムレツ、現代風にアレンジしたら結構おいしそうな気がする。
ちなみに、ヨーロッパ各地から人が移住したアメリカでも同時期からオムレツは食べられていたはずですが、デンバーオムレツが出来たのは1950年頃とかなり最近。元々はサンドイッチだったのがオムレツへと変化していったのだそうです。日本では遅くとも1925年代にはオムライスが食べられていましたから、オムライスの方がデンバーオムレツよりも古くから食べられているはちょっと意外です。
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