ワッフルの起源・歴史・種類について
-ルーツは古代ギリシア? なぜベルギーが有名?

ワッフルの起源・歴史・種類について<br/ >-ルーツは古代ギリシア? なぜベルギーが有名?

ふんわりした食感と、格子状の凹凸模様が可愛らしいワッフル。日本でも一時期ちょっとしたブームになって、ワッフルを売るお店が増えましたし、お家でワッフルが作れるワッフルメーカーを購入された方もいらっしゃるのでは?同じHMを使っても焼き方が違うからか、見た目からか、ワッフルメーカーで焼くと雰囲気が変わりますよね。

今や世界中で食べられていると言っても過言ではないワッフル。ベルギーワッフルという呼ばれ方もするのでベルギー発祥かと思いきや、ギリシア・フランス・オランダなど欧州の様々な国が発祥国として紹介されています。ワッフルの起源はどこなのか、ワッフルの歴史を調べてみました。

ワッフルの起源と変化の歴史

ワッフルとは

ワッフルは小麦粉、卵、バター、砂糖などを使った生地を、二枚の鉄板(ワッフル型)に挟むような形で焼き上げたお菓子。生地は小麦粉をイースト菌や酵母などで発酵させるか、ペーキングパウダーを入れて膨らませるのがポピュラーです。私達が呼び名として使っているワッフル(waffle)は英語で、フランス語では“gaufre(ゴーフル)”、オランダ語では“wafel(ウェハー)”と呼ばれています。

日本ではワッフルと言うとふんわりした厚みのある生地、ゴーフルと言えば洋風のお煎餅のような焼き菓子、ウエーハは更に軽いパリパリした食感の「ウェハース」と別々の食べ物のイメージがあります。しかし、こうした区分は日本独自で行われているものだとか。違う言葉のように感じられる英語waffle、オランダ語wafel、フランス語gaufreですが、全てランク語で蜂の巣を意味する「wâfela(ウェーハ)」という言葉が語源とされています。

ワッフルの日は沢山

ワッフルは欧米を中心に親しまれているお菓子・軽食の一つ。このためか、ワッフルに関係する大きな記念日だけでも3つあります。まず一つ目、3月25日は国際ワッフルデー(International Waffle Day)。次にアメリカでは国内初のワッフルアイロン特許登録を記念して8月24日がナショナルワッフルデー(National Waffle Day)とされ、さらに9月にはナショナルワッフルウィーク(national waffle week)を設定しているところもあるそう。

日本でも日本記念日協会に12月1日が「ワッフルの日」として登録されています。申請したのは全国的にワッフルの販売を行っている「ワッフル・ケーキの店 R.L(エール・エル)」さん。12月1日に選んだのはお店の創業日で“ワッフル(12)の日(1)”という語呂合わせにもなるからなのだそう。ワッフル・ケーキの店 R.Lさんでは12月1日に合わせて限定メニューやセールを実施したそうですが、他のワッフル販売店さんがこの記念日に乗っかっているかと言うと……私の知る限り、ないと思われます。

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ルーツは古代ギリシアが有力

現在世界中で食べられているワッフル。小麦粉をイースト菌で発酵させるという製法からヨーロッパで誕生したものだろうなぁという想像は湧きますし、ベルギーワッフルと呼ばれることもあるのでベルギー発祥スイーツという印象があります。しかし、現在私達が想像するワッフルとは若干異なれど、そのルーツは古代ギリシアまで遡るとの見解が多くなっています。辿りに辿るとパンのルーツと同じく新石器時代にまで行き着きますが、パンとワッフルの分化点が古代ギリシアにあるというところでしょうか。

どうしてパンとワッフルの分岐点・ワッフルの起源が古代ギリシアかというと、二枚の金属板を使って生地を焼いていたから。取っ手(長い棒)が付いた二枚の金属板に、生地を挟み込んで加熱したものだったそう。英語サイトでは「平らなケーキ」という表現がされているように、使用された金属板は現在のワッフルメーカやたい焼き機のように凹みが大きいものではなくシンプルに平らなもの。焼き上がりはパンケーキを更に平べったくしたような形だったように感じられます。言葉としての正しさを置いておいて、日本でのニュアンスとしてはワッフルよりもゴーフレットに近いかなと。

ちなみに、紀元前のギリシアでこの食べ物は「Obelios(オベリオス)」と呼ばれていたことが分かっています。古代ギリシアで「オベリオス」という言葉はパンの総称として使われていたようですが、ギリシアが衰退しローマ帝国が台頭して…という時代の流れの中で、ある特定のパンを指す言葉へと変化していったと考えられています。というのも古代エジプトで生地を発酵させるパンの作り方が発見されると、それをヨーロッパで真っ先に取り入れたのは古代ギリシア。パン先進国だったわけです。

このため紀元前300年代頃にはローマ帝国がギリシャのパン職人を捕らえて自国でパンを焼かせる、という事も行われていました。古代ローマではそうして手に入れた技術を元に、より美味しく出来るようにと製法を研究・改良することで現在のパンに繋がるパン製造技術を確立していったわけです。美食の国でもあり、食糧(パン)と娯楽(サーカス)を与えよ、の国ですもんね。初期の「オベリオス」は発酵させるのではなく、穀物を粥状にした生地を焼くもの。最新技術で作られたパンとは製法も見た目も食味も違ったでしょうね。

ワッフルイメージ

キリスト教によって広まる

ワッフルのルーツと考えられてる「Obelios(オベリオス)」は、キリスト教によってヨーロッパ中へと伝えられていきました。というのもギリシアからパン職人を攫ってきて強制的に働かせるなんてことをしていた古代ローマでは、大きなパン窯完備の製パン所を庶民が作ることを禁じていたから。パン窯やパン製法については王侯貴族が独占てしており、キリスト教が公認された後は教会もこの製パン技術独占の輪に加わったんですね。

そして、キリスト教の儀式においてパンはワインと共に重要な意味を持つ存在。東方教会ではちょっと違いますけれど、聖体拝領と呼ばれる儀式の中でカトリックだとパンのイメージとはかけ離れたものが使われていますよね。適切な表記をするなら円形のウェハース状のもの、個人的にはエビせんの仲間っぽく見える平べったいアレです。パンと呼ぶよりは、ホスチアってアイテムなんだなと思ったほうがしっくり来る白いヤツです。今でこそパン(ホスチア)はワッフルともウエハースとも違う独自のものとなっていますが、昔は境目が曖昧。古代ギリシア時代から受け継がれてきた種無しパン「オベリオス」もしくはそれに類するものが使用されていたようです。

ローマ帝国で公認され力を持ったカトリック教会がヨーロッパ中へとキリスト教を布教して歩いた中で、このパンもまた広い範囲に伝わっていったと考えられています。時代や技術進歩と共に、パンを挟んで焼く二枚の金属板にも十字架や聖書のシーン・宗教的モチーフが掘られるようになっていきました。こう書くとキリスト教の宗教儀式のときにしかお目見えしないものみたいですが、特別なパン(ホスチア)はそうでも、似た製法で作られた「オベリオス」っぽいものは庶民の間でも食べられていたようです。穀物粉と水だけですぐにできる、パン窯ではなくてストーブなんかに突っ込んでも作れると手軽だったからかなとも思います。聖体拝領に使うウェハースと見た目が似ているということで、イベントがある時には教会の近くで売られることもあったそう。

そして13世紀頃になると宗教モチーフだけではなく、家紋や風景・幾何学模様的な刻印がなされた金属板も登場してきます。一説では教会が鉄板を作っていた職人達に好きな意匠で制作することを許したのではないか、とも言われていますけれど詳細は不明です。ともあれ、職人たちは自分の技術を活かした表現をするようになり、芸術的な模様の施された金属板が多く作られるようになります。中世からルネサンス期に入りかけの時期というのも関係しているかもしれません。ハニカム状の凹凸模様のワッフルプレート(金属板)も、諸説ありますが少なくとも13世紀初頭までには制作されています。この辺りがパンの一種から、私達がワッフルとイメージしている食べ物に近づく大きなポイントと言えそうです。

現代風のワッフルに進化

14世紀頃、オランダでワッフルアイロン(ワッフルメーカー)が考案されました。現在でも直火型として販売されているような、二枚の金属板を蝶番で留め、それぞれの板に木製のハンドル(取っ手状の棒)を付けたものだろう。それまでは丸く平たい二枚の金属板で押しつぶすようにして焼いていたのが、このサンドできる形状のワッフルアイロンの誕生によって厚みのあるワッフルへの切り替えが可能になったと言えるかもしれません。使用される金属板の形も丸いものだけではなく、私達にとってはポピュラーな長方形が使われるようになりました。

また、ワッフルをメーカーの変化と同時期には十字軍遠征も行われています。聖地エルサレム奪還の目的を掲げて東へと進行した彼らは、シナモンやジンジャーなどのスパイスを母国へと持ち帰ってきました。断定できるような証拠は見つかりませんでしたが、こうした香辛料が料理や菓子に使用されるようになったことで、ワッフル(オベリオス)の生地にも変化が起きたのではないかと考えている方が多いようです。生地にスパイスや砂糖・蜂蜜・バターやクリームを加えてより贅沢なものが作られるようになったそう。生地の変化に合わせて使用する鉄板は更に深いものへとなっていったようです。

と言っても、当時はまだふわっとした厚みのある生地のワッフルは作られず、主流と言えるのは平たく硬めなものだったと考えられます。1393年にフランスで発刊された女性向けのアドバイス本『Le Ménagier de Paris』でもワッフルのレシピは卵・塩・ワインに小麦粉を混ぜたものを型に入れて焼くというもので、発酵する・膨らし粉を入れるという表記がないので、現在のワッフルとは少し違ったものだった可能性が高そうです。

14世紀~16世紀頃のヨーロッパ各国で貧富問わずにワッフルは食されていました。貧しい人は穀物の粉と水だけと昔ながらの形で、貴族は精白小麦粉に卵・牛乳・蜂蜜・スパイスなどを加えたもの…と差は大きかったようですけれどね。趣向を凝らそうと思えば凝らせますが、シンプルに作ろうとすれば原価が安い・簡単・持ち歩けるという利点から庶民にも毎日の食事として親しまれていたそう。16世紀のオランダ人画家もの作品にもワッフルが描かれているものが多くありますよ。

Dutch Kitchen Scene, Joachim Bueckelaer

ベルギーでフワフワのワッフルが誕生

16世紀から17世紀になると、ビール酵母を使って生地を膨らませるという“Groote Wafelen”のレシピがベルギーの『Een Antwerps kookboek』に公開されます。上記の理由から、それ以前から砂糖やスパイスを加えたものは存在していたと考えられていますが、生地を発酵させる=ふんわりと仕上げるワッフルのレシピはこれが初と考えられます。このため現在私達が口にしているワッフルの直接的な起源はベルギーにあるとも言えます。

が、しかし。ベルギーという国の中でも北部はオランダ語の(フラマン語)が公用語、南部はフランス語が公用語と地域によって今現在もメインとなる言語が違う国。更に一部ドイツ語が公用語となっている地域もあり、国歌は三ヶ国語のバージョンがあるほど。歴史的にもベルギー色々な国に組み入れられたり支配されたりと複雑で、この支配国の中にはオランダやフランスもあります。そのためワッフルについても既にオランダもしくはフランスで作られていたのではないかという説や、両国の影響を受けたベルギーだからこそ考案できたのだろうなど見解は様々。

ともあれ、記録に残っているものとしては生地を発酵させるタイプのワッフル製造はベルギーが初現在のようなワッフルメーカーの元が作られたのはオランダワッフルという言葉の元である“walfre”が文献に登場するのは1185年とフランスが最も古い…と、三つの国がワッフルの起源候補として紹介されているわけです。大元まで辿れば古代ギリシア以前ですけれど。どこをルーツとするかは人次第ですが、16世紀には現在のものに近いタイプのワッフル(オランダのwafel/フランスのgaufre)が食べられていたと考えられます。

18世紀ヨーロッパではワッフルがスイーツに

17世紀~18世紀にかけての時期、ヨーロッパでは一つの変化が起こっています。それはカリブ海周縁地域のプランテーションによって、ヨーロッパでは砂糖がこれまでの半額くらいで手に入るようになったこと。17世紀まで庶民によってのワッフルは無糖もしくは蜂蜜で甘みをつけたもので、砂糖を使ったワッフルといのは一部の特権階級の人しか食べられないものでした。砂糖の価格低下によってお金持ちはもちろんのこと、庶民でも砂糖を使ったワッフルが食べられるようになり、食事ではなくスイーツとしてのワッフルレシピが沢山考案されたのです。

十字軍の遠征でも香辛料がヨーロッパへと入ってきて注目されましたが、この時代は香辛料の値下がりが起きた時期でもあります。植民地化してますしね。そんなわけで18世紀頃にはクローブやナツメグ・カルダモンなどを使用し、砂糖で甘くしたワッフルが流行。そうした味付けに合うようにバターや卵白が加えられ、ドイツではコーヒワッフルが流行したり、ベルギーではワッフルをカラメルでコーティングするようになったりと地域地域で様々なレシピが作られていきました。

ワッフルはアメリカへ伝わり、手軽な朝食へ

1620年頃になるとオランダ系移民の方々によって、アメリカ大陸へもワッフルが持ち込まれ食べられるようになっていきました。最初はオランダ系の方が多かったニューヨーク、当時は“オランダ領ニューネーデルラント”を中心に食べられていたそう。この辺りはドーナツと同じですね。アメリカでもワッフル食は浸透していき、18世紀には家庭で食べる特別な日の料理=日曜の朝食・クリスマスや新年を祝うお菓子として定着していったと考えられています。1725年のロバート・スミスのレシピ本『Court Cookery』には“waffle”と、現在英語ではポピュラーなfが2つのスペルも登場していますよ。

余談ですが、1789年には駐フランス公使を務めていたトーマス・ジェファソン(後に第3代アメリカ合衆国大統領)がフランスから帰国する際、ワッフルアイロンを持ち帰ったという逸話もありますよ。ちなみにこのワッフルアイロンはフランスで買った説、ベルギーで買った説、アムステルダム(オランダ)で買った説があります。ワッフルの本場をどこと見るかで購入地が分かれているのかも。当時ワッフルアイロンを持っているのは裕福な家庭の証でもあったんだとか。19世紀半ば、南北戦争が始まる前にはアメリカでもワッフルは普通の日の朝食として食べられるくらいの定番料理になっていたようですが。

1869年にはアメリカの発明家コーネリアス・スワートゥアウト(Cornelius Swartwout)によって初のコンロトップ形のワッフルアイロンが発明されます。1911年にはGeneral Electricによって世界初の電気ワッフルメーカーが特許登録され、1930年代までにはアメリカの一般家庭でも標準的な台所家電として定着しました。結婚祝いの品としても人気だったそう。昔のアメリカの家庭では、朝、食卓テーブルの上にドーンとワッフルメーカーが乗っかている光景が普通だったんだとか。

18~19世紀ころからアメリカではイースト菌の代わりに重曹を使用して生地を膨らませていましたし、19世紀末には“Aunt Jemima”などからワッフルミックスも販売されていました。第二次世界大戦後、1953年にはDorsa兄弟の長男フランクが調理にワッフルアイロンを必要としない冷凍ワッフルを開発し、弟のトニーとサムを入れたDorsa三兄弟で販売を開始しました。卵を使ったことから「Eggo」と呼ばれたこの商品は今でも人気。ケロッグ社に買収され冷凍ワッフルのブランドとはなっていますが、米国の冷凍ワッフル市場で70%くらいのシェアを獲得しているそうです。アメリカのSFホラーテレビドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス』では超能力少女イレブン(エル)の好物としても登場しています。

参考サイト:The Nibble: Waffle HistoryFrom Wafel Wafers to Belgian Breakfasts: A Brief History of WafflesA woman sold Belgian waffles at the 1964 World’s Fair

おやつ/軽食として世界中で食べられているワッフル。パンケーキブームの中かですが、個人的にはパンケーキ<ワッフルです。ついでに甘いスイーツとしてよりも、ワッフルランチのような主食感覚で食べる方が好きです。サラダ乗っけたりとかしてるやつ。ベリーソースや生クリームの印象がありますが、なんでも合うんです。この好みって変なのかな~と思っていたんですが、元々はパン代わりに食べられていたという歴史を知って安心。

原材料がシンプルなので、甘さを控えればどうとでも使えるワッフルさん。ザ・日本な抹茶&小豆の組み合わせも合いますし、ウィンナーを挟んだワッフルドッグもありますね。アメリカンドッグが独特すぎる進化を遂げた韓国で、斬新なワッフルが作られて日本でブームになる日も来るんじゃないかなと思ったり。縦長に切って棒に刺して揚げっちゃったりとか…?