社日(しゃにち)はいつ・何の行事の日?
-春社・秋社と2回ある意味とは?

社日(しゃにち)はいつ・何の行事の日?<br />-春社・秋社と2回ある意味とは?

春と秋の2回ある社日(しゃにち)。社日は春分と秋分の日に近い“戊の日”に行なわれる、土地の神様をお祀りする日。しかし、お彼岸と前後する関係からあまり注目されない日と言えます。雑節の一つなのでカレンダーなどには記載されているものの、馴染みの薄い方も珍しくはない年中行事と言えるのでは無いでしょうか?

社日(しゃにち)とは

社日(しゃにち)

社日は雑節の一つで、生まれた土地の神様・産土神(うぶすながみ)をお祀りする日のこと。

彼岸と同じく一年の間に春と秋の二度あり、春の社日を春日・秋の社日を秋社と呼び分けることもあります。社日は土地に関係する神様をお祀りすることから、特に農業との関わりが深い祭日とも言えます。年に二度あるのも、種蒔き(田植え)・収穫という農業で重要視されていた日と連動していますね。このため社日は土地の神様をお祀りする日ではありますが、五穀豊穣を願う・収穫に感謝するという意味合いが強い日でもあります。

雑節と社日の関係

社日が含まれている雑節というのは、二十四節気を補強するために日本で考えられた季節の目安となる日のことです。古代日本では中国から伝えられた暦(太陰暦)を使用していましたが、考案当初の太陰暦は月の満ち欠けの周期を基準にしたもの。新月(朔月)から次の新月までの期間を一ヶ月間として計測していきます。しかし月の満ち欠けのサイクルと地球が太陽の周りを公転している周期はピッタリではありません。現在私達が使っているカレンダーは太陽暦(グレゴリオ暦)ですが、毎月の日にちと月の形がイコールではないですよね。

後々になると太陰太陽暦など太陽の動きに合わせた修正がなされたものが使われるようになりますが、古代に使われていたような純粋な太陰暦の場合は3年経つと約1ヶ月の差が生じます。閏月などを加えずにそのまま使うと約8年で四季が一つずれ、15~20年後くらいには四季が真逆=1月1日が夏になるくらいの変化が起こります。昔の暦は現在のカレンダーのように庶民が使うものではなく、呪術的な意味合いが強いものであったと考えられています。儀式の日程を決めたりする感じですね。

しかし生活や農業などの目安となる日が暦上で分からないは不便。そこで古代中国では太陰暦とほぼ同時期に、太陰暦によって生じる季節感のズレを埋めるために二十四節気が考案されました。一朔望月=一ヶ月と月の見え方を基準に決めている太陰暦に対して、二十四節気は黄道と呼ばれる太陽の軌道に則って作られたもの。太陽が一番低い位置に来る冬至から冬至の間を24等分しているため、季節変化の指標としてはかなり正確で現在の太陽暦に近いものとなっています。

黄道イメージ

この二十四節気の考え方も暦と同時期に日本に導入されました。しかし季節の指標となる二十四節気には、ちょっとした問題が…。一年を24等分して季節が割り振られているのですが、これは中国(中原)の気候を元にして作られたものでした。日本の気候にピッタリ当てはまるかというと、怪しいものもあったそう。日本国内でも地域によって気候は異なりますが、カレンダーで「処暑(暑さが落ち着く)」とか「小雪(雪が降り始める)」という表記を見ると違和感があるの地域が多いのではないでしょうか。

そこで自分達の住む土地の気候・風習に合わせ、二十四節気の補助として作られたのが社日を含んだ“雑節”です。社日は生まれた土地の神様をお祀りする日であっただけではなく、春社は豊作祈願・秋社には収穫に感謝するという意味合いもありました。このため特に農業を行う人々にとっては重要な節目の日であると考えられ、雑節の一つとして導入されたと考えられます。

社日はいつ?

社日は春社・秋社と年に二回あり、それぞれ春分の日と秋分の日に最も近い“戊(つちのえ)の日”と定義されています。戊は十干と呼ばれる「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」という10の要素を使った数の数え方の5番目。最後の癸まで行くと最初の甲に戻る形でループするので、戊と戊のちょうど真ん中に春分・秋分が入ってしまうこともあります。この場合は春分・秋分の瞬間が午前中なら前の戊、午後なら後の戊とすることが多いようです。

2019年の社日

春社:3月22日
秋社:9月18日

2020年の社日

春社:3月16日
秋社:9月22日

2020年の社日

春社:3月21日
秋社:9月27日

2021年の社日

春社:3月16日
秋社:9月22日

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社日の由来と歴史

社日の成り立ち・歴史

社日は古代中国で始められた風習です。古くは土を司ると考えられていた“戊の日”に、土地神様を祀った「社」で近隣の人々が集まって皆で飲食をするという行事だったようです。ちなみに日本では色々な場面で使われている「社」という文字についても、諸説ありますが、古代中国では大地を神格化したもの・それを祀る場所を意味する文字だったと考えられています。そこから派生して神社など神聖な場所を意味するのに使われたり、組合や団体・世の中を表現するにも使われるようになったんですね。

奈良から平安自体ころには、中国から日本には様々な文化や風習が伝えられた時期。社日もその一つで、土地の神様を祀るという考え方が日本古来からの民間信仰に近かったことから広く受け入れられました。

日本には古くから自然信仰と祖霊信仰と呼ばれる思想が定着していました。これらは習合されている部分もありますし、様々な見方がなされていますが…祖霊信仰には人々(の霊魂)は一体化して歳月と共に子孫や家を守る神様になり、さらにお祀りされて歳月を経ると土地を守る神様にランクアップしていくというような考え方があったという説があります。

また山の神や田の神という自然信仰系の神とされる概念についても、祖霊が姿を変えたものという思想があるそう。山の神は春になると田の神の姿をとって里に降り田畑の作物を実らせ、秋になると山へお戻りになるという考え方もあります。こうした信仰から、古代日本の信仰は多神教であると同時に、様々な神々は祖霊の持つ顔の一面という見方をしていた可能性があるという見解もあります。かなり乱暴な括りになりますが、自然信仰と祖霊信仰は全くの別物ではなくて混ざり合っていると言えそうですね。

鳥居イメージ

ともあれ、元々日本各地には自分達の土地を守ってくれる神様がいるという考え方はありました。このため中国から伝わった社日の風習は受け入れやすく、日本の土地神信仰と融合した形で全国的に祝われるようになります。田の神・山の神の信仰とも融合して、春社は山から神様が降りてくる日、秋社は神様が山に帰る日としている地域もありますよ。ここから山からやってきた神様に豊作をお願いする=春社は豊作祈願、山に帰る神様に今年の収穫を感謝する=秋社は収穫感謝という意味を持つようになったと考えられます。

十干と「戊」について

社日は土を司る“戊の日”に行なわれる行事ですが、この戊というのは十干(じっかん)の一つです。十干は古代中国で考案された「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類の要素を使って、数を数えたり、方角などを表す方法。日本でも古くから使用されており、現在でも「甲乙つけ難い」という表現や、契約書のなどの略称として甲・乙・丙が使われていますね。

十干は陰陽五行説の考え方と対応しています。2つずつ木・火・土・金・水を象徴し、さらに前半が陽・後半が陰と別れています。五行説は万物は木・火・土・金・水の5種類の元素で構成され、この5つの元素は互いに影響を与え合うことで世界は変化・循環しているという考え方が基本となっています。日本もこの五行思想の影響を強く受けているため古い時代には十干を重用し、陽を兄・陰を弟という風に置き換えることでさらに分かりやすく表記しています。

  • 甲(こう)=木の兄(きのえ)
  • 乙(おつ)=木の弟(きのと)
  • 丙(へい)=火の兄(ひのえ)
  • 丁(てい)=火の弟(ひのと)
  • 戊(ぼ)=土の兄(つちのえ)
  • 己(き)=土の弟(つちのと)
  • 庚(こう)=金の兄(かのえ)
  • 辛(しん)=金の弟(かのと)
  • 壬(じん)=水の兄(みずのえ)
  • 癸(き)=水の弟(みずのと)

ちなみに、この十干と十二支と組み合わせると“干支(えと)”になります。私達は干支と言うと十二支をイメージすることの方が多いですが、本来は八百屋お七の伝説などで登場する「丙午」のような、十干と組み合わせて表記されるものを指す言葉なんですよ。十干十二支で数える“干支”は60年で一巡することから、60歳の還暦が「干支が一周したお祝い」となっています。

十干の本義は自然の生命サイクルであるとも言われていますが、時代と共に五行思想と融合したことで火や水などの属性的な意味合いを持って捉えられるようになりました。有名なところでは「丙午」は両方ともに五行思想では“火”を意味することから火事が多いという迷信がありますね。

この考え方で見ると、戊は土の兄=土の陽気を備えた日であると考えられます。陰陽の考え方は複雑でややこしいのですが、大雑把に言うならば“光(太陽)”や“上昇”などを司るのが陽。このため土の気が上り調子な「戊(土の兄)」の日が、土地を守護してくれる神様=土の神様をお祀りするに相応しい日として選ばれたと考えられています。

土いじりを避けるという地域も…

五行要素の中で“土”が司る期間とされている土用のように全国各地にというわけではないですが、社日についても「土を動かしてはいけない日」と見做されることがあります。土用と同じ様に、農作業や土に触れる仕事が禁忌とされていた地域もあります。社日は神様を祭る日であり、この日に土をいじると神様の進行を妨げることになると考えられていたそう。そのほか神様の頭を掘る・神様の体に傷をつける事になると伝える地域もあるようです。

民間伝承・信仰としてそういった考え方があったことも否定できませんが、社日に土仕事を避けよという話は別のニュアンスもあると考えられます。神様をお祀りする日で、物忌をしたり、地域と人とお祭りを行うための準備をしたりと忙しかったという事が1つ。皆で心を一つにして神様と向き合いましょうという感じですね。さらに春社は種蒔き前の豊作祈願・秋社は収穫感謝祭という面もありますから、大事な行事を蔑ろにして田植えをしない・真面目に働いて収穫祭までには収穫を終えようという戒めであった可能性もあるように思います。田植えなどは近所と足並みをそろえて行うことが一般的でしたし、日本人は“和”に重きを置く民族でもありますしね。

田園イメージ

産土神と氏神の違いについて

社日は生まれた土地を守っている神様でも、産土神(うぶすながみ)をお祀りする日であると紹介されることもあります。この産土神というのは生まれた土地にいらっしゃる神様で、その土地の人を生まれる前から死んだ後まで守護してくれる神様と考えられています。大きな特徴としては引っ越しをして生まれ故郷から遠くに行ったとしても、一生守ってくれるという点。土地の神様とは称されますが、守護神に近い考え方ですね。産土神の考え方については、自分の生まれた土地に対する共同体意識を高めるものであるという見解もあります。上京したりしても同郷同士、何となく話があうような感じですかね。

もう一つ、土地に根付く神様としては氏神(うじがみ)があります。氏神は同じ集落や村などの地域に住む人々が、共同でお祀りしている神道の神様のこと。その地域に住んでいた人々の祖神・関わりの深い神様が祀られており、元々は祖先に関わる神様であったと考えられています。同じ氏神を信仰している人々のことを氏子(うじこ)と言いますが、古代では氏子と氏神は血縁関係が元となるケースが多かったようです。しかし中世以降になると氏神の周辺に住み、同じ氏神を祭る人々が氏子という認識になります。地域の方はお宮参り・七五三詣・祭礼をするなどして、氏子として認められるという形だったようです。

こうした違いから、同じく地域に根付いた土地の守り神とされている神様でも、産土神は“人”に根付く神であり、氏神は“土地”に根付く神であると説明されます。嫁入りや引っ越しをすると氏神が変わることはありますが、産土神というのは何処に行っても死ぬまで変わらないということですね。

しかし中世から近世にかけて氏神・産土神・特定の地域や建造物を守る鎮守神という3つの神様は同一視されるようになります。現在でもお年寄りや神道家系で育った方であれば区別して考える方もいらっしゃいますが、氏神・産土神・鎮守を一括りにして「氏神」や「地神(土地神)」と称する事が多いようです。

社日には何をする? 各地の社日行事

社日は土地の神様をお祀りする日です。多くの地域が農業とも結びついているので「大地の恵みに感謝して、五穀豊穣を願う」日でもありますが、行なわれている行事は地域によって様々。大まかには

  • 春社:五穀の種を奉納し、豊作を祈願する
  • 秋社:その年に収穫した作物を奉納し、感謝する

がメインになりますが、どういった行事・儀式を行うかなどは地域によって異なっています。春分・秋分の日に最も近い戊の日という日程こそ共通していますが、地域感の強い年中行事の一つであるとも言えますね。

特徴的な社日祭としては、福岡県筥崎宮の「お潮井取り」がよく紹介されていますね。こちらは筥崎宮の御神域内にある箱崎浜の真砂を頂く行事。真砂は竹で編まれた「てぼ」と呼ばれるかごに入れて玄関に備え、外出時などに振りかけることで身を清めて災難除けを願うそう。そのほか農作や虫よけを願って田畑にまくこともあるようです。

また群馬県大泉町の社日稲荷神社では社日祭に「探湯神事(湯加持行事)」と呼ばれる特殊神事が行なわれています。こちらは神前に熱湯の入った大釜を備え、小笹の束を浸して湯を全身に浴びます。元々は人心の善悪を探る裁判的な意味合いも会ったそうですが、現在は豊作祈願や家内安全・厄難除けを願う神事として行なわれているそうです。

そのほか春の社日には餅つき・秋の社日には実った稲を供えるという地域もあります。春の社日に酒(治聾酒)を呑むと耳が良くなる、春の社日に鳥居を7つくぐると中風予防になると伝えられている地域もあるよう。ちなみに社日の行事食は基本的にはありません。神様への供物として利用したお酒・米・餅を食べていたと考えられますし、一部「おはぎ」をお供えする地域もありますが、地域差が大きいこともあり定番と言える縁起物や料理はありません。

参考サイト:六曜・月齢・旧暦カレンダー秋季社日祭|福岡の神社 筥崎宮【公式】大泉町の町指定文化財l

名前は知っているけれど、お彼岸のほうが強くて「年中行事」という感覚は薄かった社日。北海道という農業地域(?)の出身ですが、サラリーマン家庭であったせいか馴染みはありませんでした。調べてみたら社日祭をやっている神社さんもあるようですが…多分そんなにメジャーじゃないと思います。全国的にもお彼岸に負け気味と言うか、農業との関わりが薄い家庭が増えたことも関係してか、社日という年中行事に対する認知度・参加度は低下しつつあるよう。

ですが、調べた限り地域色が強い行事が多く残って欲しいと感じました。グローバル化グローバル化と言われていますが、地域の特色があるのが伝統行事の面白いところだと思うんです。アイヌ文化を除くと「伝統行事」のない北海道の出身者としては、そういう行事に憧れます^^;