クロワッサンの由来は三日月!
-フランス発祥以外の起源説や歴史も…?
サクサク食感とじゅわっと濃厚なバター感がたまらないクロワッサン。日本人も大好きなパンの一つで、どこのパン屋さんにも大抵クロワッサンは定番ラインですよね。フランス発祥のパンとして紹介されることも多い存在ですが、時折クロワッサンはフランス発祥ではない・起源はオーストリアだという見解も目にします。クロワッサンがどう誕生したのか、語源や由来・伝承などと合わせてクロワッサン原産国の謎を探ってみました。
目次
クロワッサンについて
クロワッサンとは
クロワッサンはバターなどの油脂が生地に練り込まれた、サクサクとした食感が特徴的なフランス発祥のパン。生地とバター(油脂)を交互に織り込むことから、パイと同じように生地が何層もの薄い層になる=軽くサクリとした食感が生み出されています。最もオーソドックスと言えるクロワッサンの形状は三角形の両端を湾曲させたような「三日月型」ですが、クロワッサン=三日月型のパンと決まっている訳ではありません。バター以外の油脂が使われているクロワッサンもあります。
『食育大辞典』によるとフランスでは生地にバターを使って作られたクロワッサンを“クロワッサン・オ・ブール(croissant au beurre)”と呼び、マーガリンなどの植物性油脂を使ったクロワッサンを“クロワッサン・オルディネール(croissant ordinaire)”と呼び分けているそうです。呼び名に使われているbeurreはバターを指す言葉なのでクロワッサン・オ・ブールは「バターを使ったクロワッサン」、オルディネールは普段使い的なニュアンスのある言葉なので「普段食べるクロワッサン」という感じでしょうか。
フランスでは慣例的にバターを使ったクロワッサン・オ・ブールは両端を真っ直ぐ、植物性油脂を使ったクロワッサン・オルディネールは両端を曲げて三日月型に作られています。これは見た目でどちらのタイプのクロワッサンかを分かるようにするためなのだとか。フランスに行ってバターたっぷりでリッチなクロワッサンを食べたい時には、見慣れた三日月型のものではなく、菱形をした方=クロワッサン・オ・ブールを注文したほうが良いんですね。また、クロワッサン生地の中にチョコレートを巻き込んだパン・オ・ショコラや、レーズンの入ったパン・オ・レザンもクロワッサンの種類の一つと言えるパンです。
クロワッサンはフランス発祥のパン、フランスでは朝食や軽食としてポピュラーな食べ物であると紹介されることの多い存在。しかしながら現在は日本でも定番のパンの一つとなっているように、アメリカやヨーロッパ・アジアなど広い範囲で普及しているパンの一つ。アメリカでは毎年1月30日が“National Croissant Day”とされていますし、各国ではクリーム類を入れたお菓子的なクロワッサン・お肉や野菜を入れたクロワッサンサンドも親しまれています。
クロワッサンの語源は「三日月」
私達が使っているクロワッサン(croissant)という呼び名はフランス語の呼び名を日本人が言いやすい形にしたもので、英語も同様にフランスでの呼び方をそのまま採用しています。ではフランスでどうやってこのパンの名前を付けたのかと言うと、その語源は三日月。フランスでは三日月のことを「Croissant de lune」などと表現されています。luneは月を意味しているので、単にcroissantでも三日月を表す名詞(男性名詞)になるそう。由来はそのまま見た目が三日月に似ていることから。
ちなみに三日月は英語だと「crescent」になるんですが、パンの名前としては置き換えられずにクロワッサン(croissant)が使われています。イタリアでは三日月ではなく角に似ているということでクロワッサンを”cornetto(コルネット)”と呼び、中国でも羊角面包や牛角面包など角に見立てた呼称が使われているそう。日本ではクロワッサン=層状の生地のパン、コルネ=チョココロネなど円錐形で中にクリームなどが入ったパン、という感じで呼び分けられていますが、同じものを意味する言葉なんですね。
パイとの違い・クロワッサン類のパンとは
クロワッサン、デニッシュ、パイの違いは?
クロワッサン生地はパイ生地と似た製法で作られていますが、イースト菌などの酵母を使って生地を発酵させているという部分に違いがあります。油脂を折り込んで層を作るという製法は同じですが、クロワッサンは生地となる粉を混ぜ合わせた後か成形後、もしくはその両方に発酵させる工程が入るのが特徴。このためクロワッサンはペイストリー類の中でも、ヴィエノワズリー(Viennoiserie)という菓子パン類にカテゴライズされています。
クロワッサンと作り方がよく似ており、同じくヴィエノワズリーに含まれるパンとしてはデニッシュがあります。デニッシュは北欧発祥のパンとして紹介されることが多く、クロワッサンの層の数は81層(4回折り込む)・デニッシュの層の数は27層(3回折り込む)という作り方をされることが多いです。このためクロワッサンはサクサクとした食感に、デニッシュはパンに近い柔らかくみっしりした食感になるのですね。
しかしながら、日本国内でクロワッサンとデニッシュの違いは結構曖昧で生地が甘いもの=デニッシュ、甘くないもの=クロワッサンと呼び分けられることもあります。パン・オ・ショコラなどよりお菓子っぽいものも、基本的には生地自体は甘くないですよね。また、同じくらいの甘さの生地なのに菱形ないし三日月形のものをクロワッサン・円形もしくは食パン型のものをデニッシュと呼んでいることもあります。呼び方が厳密に決められているわけではないので、製造者のイメージによるところが大きいのではないかと思います。
世界のクロワッサンの仲間
クロワッサンは語源が三日月であるように、三日月型もしくは端を丸めない菱形の形状をしているのがオーソドックスです。しかし“エスカルゴ”とも称される丸形をしているパン・オ・レザンなどもクロワッサンの一種という見方をされているため、広い意味でのクロワッサンは酵母発酵したパン生地が層状になっているものとも言えます。その場合はイタリアの(パン生地で作られた)コルネット、ドイツのギッフェリ(Gipfeli)などもクロワッサンの一種もしくはクロワッサンの仲間という見方をする方もいらっしゃいます。
また、スペインで食べられているシュイショ(Xuixo)はクロワッサンの中にクリームを入れて揚げたもので、パイの一種とも言われますが酵母を使って生地を発酵させているのでクロワッサン類ともいえるでしょう。ポルトガルやポーランドにもクロワッサンのようなパンはあります。
そのほかトルコには「Ay Coregi(ay çöreği)」と呼ばれる中にチョコペーストの入った三日月型の菓子パンがあります。海外のレシピサイトを見る限りこちらは生地が層状ではなく、練り合わせたパン生地で中身を包むだけのもの。…ではありますが、クロワッサンの発祥には東ヨーロッパで作られていた三日月型のパンの存在・オスマントルコ帝国との関わりなどが指摘されています。現在は別物ですがクロワッサンのルーツ、もしくはルーツを同じくするパンである可能性はありそうですね。
クロワッサンの歴史と起源説
今のクロワッサンが出来たのはフランス
現在私達がクロワッサン(croissant)と呼ぶ、生地がミルフィーユ状になっているパンは19世紀頃のフランスで登場したというのが定説となっています。フランスでクロワッサンが愛されるようになったきっかけは、1838年もしくは1839年にオーストリア人のアウグスト・ツァング氏がパリでパン屋さんを開業したこと。余談ですが彼は砲兵将校からパン屋を開業した後、ウィーンの日刊新聞Die Presseを設立したり、銀行や鉱山を所有したりと起業家として華々しい活躍をされた方です。
そんなアウグスト・ツァング氏がパリで開店したパン屋さんも平凡なものではなく、その店名からして“Boulangerie Viennoise(ウィーン風のパン屋)”と個性的。彼は自分の出身地であるオーストリア(ウィーン)で食べられていたバターや砂層をふんだんに使った生地のパン・菓子パン類を売り出し、これがパリっ子達に人気に。様々な材料を使ったリッチなパンはパリだけではなくフランス中で話題となり、卵・バター・乳牛やクリームなどを使った贅沢なペイストリーやパン類のことをヴィエノワズリー(Viennoiserie)と呼ぶまでに普及していきました。
と言っても、当時“Boulangerie Viennoise”で売り出されていたパンは現在のようなクロワッサンではなく、オーストリアで“キプフェル(Kipfel)”と呼ばれていた三日月型・ブリオッシュ系の生地のパンだったようです。
アウグスト・ツァング氏は数年で店を畳んで国に帰ってしまったこともあってか、彼の販売したウィーン風パンの人気に目を付けたフランスのパン屋達がウィーン風のパンの製造を模倣し販売します。こうして商品化が進んでいく中で、パフペストリー(折りパイ)の製法が取り入れられ薄い層を重ねた生地のパン=現在のクロワッサンの形が出来上がっていきました。折りパイの作り方については17世紀にフランスで考案されたもののため、クロワッサンもフランスの製法を取り入れて誕生したパン=フランス発祥のパンの一つであるとされています。
ちなみに、フランスでクロワッサンについて言及している最も古い書物は1853年に出版された『Des substances alimentaires』であるとされています。この本の中の“Pains dit de fantasie ou de luxe(幻想または贅沢なパン)”の中に「les croissants」という表記があるのだとか。そのほかにも1800年代後半の文書にはクロワッサンという言葉は登場しており、『クリスマス・キャロル』の著者チャールズ・ディケンズもパリに訪問した際に“the dainty croissant on the boudoir table”とクロワッサンについての記述を残しています。
しかし、クロワッサンのレシピが登場するのは1906年の『NouvelleEncyclopédieCulinaire』以降のため、クロワッサンのレシピが広まりフランスの国民的シンボルへと発展したのは20世紀以降であるという見解もあります。
クロワッサンのルーツはオーストリア
パイのように薄い層状に生地を重ねた三日月型のパン=クロワッサンが作られるようになったのは19世紀頃のフランス。しかし、クロワッサンが作られるようになったのはオーストリア人のアウグスト・ツァング氏が“Boulangerie Viennoise(ウィーン風のパン屋)”で売り出した“キプフェル(Kipfel)”というパンがあってこそ。
事実かについては意見が別れますが、ウィーンではこのキプフェルと呼ばれるパンが出来た理由についての伝承あり、1683年にウィーンがトルコ軍(オスマン帝国)に包囲された際に作られたと信じられています。トルコ軍を追い返せたのは早起きのパン屋さんが都市攻略のためにトルコ軍が地下トンネルを掘っている音を聞き、警鐘を鳴らしたことで奇襲を免れたからなのだとか。侵略者を打ち払ったことを讃え、忘れないようにという戒めも込めてオスマン帝国の国旗である三日月を模ったパンを焼くようになったと伝えられています。
ちなみに、キプフェル発祥の逸話には1529年のウィーン・1686年のブダペストであるというバージョンもあります。余談ですが、ベーグルの発祥についても同じくウィーン包囲時に似たよう経緯で誕生したという伝説があります。そのくらい当時の方々にとってトルコ軍襲来と撃退は大事件だったのでしょうね。
伝承に様々なバリエーションと類似点があることはさておき、研究家の中にはオスマントルコ襲来よりもずっと前の13世紀のオーストリアには既にキプフェルが存在していたことを指摘している方もいらっしゃいます。13世紀後半にヤンス・デア・エニケルが著したウィーン都市史の歴史書『Fürstenbuch(諸侯の本)』には“1227年のクリスマスにウィーンに到着したオーストリア公レオポルト6世に贈ったクリスマスのお菓子”の1つとしてキプフェルのことが書かれているそう。
とは言え、この記述では特徴的な三日月型に生地を曲げていたのかは定かではなく、ウィーンもしくはブダペストでのトルコ軍を追い払った際に形が変えられたのではないかという説もあります。また、キプフェルは生地にバターやラード・砂糖・アーモンドがたっぷりと使われていたものの、現在のクロワッサンのように層状の生地ではなくブリオッシュに近い生地だったことが分かっています。このためウィーンがクロワッサン発祥の地とは言い難いですが、クロワッサンのルーツは我が国に有りという主張が出てくるのも納得ではありますね。
マリー・アントワネットがフランスへ伝えた?
真偽の程は怪しいものの、クロワッサンがフランスを代表するパンになったのは18世紀にマリー・アントワネットが伝えたからだという伝承もあります。マリー・アントワネットはフランス革命で処刑されたフランスの王妃として紹介されることの多い人物ですが、出身はウィーンで母親はオーストリアの女大公マリア・テレジアです。そんな彼女が1770年にフランス王室に輿入れした際に実家からパン職人も同行させたことで、フランスでもキプフェルのようなペイストリーが広まり、クロワッサンの誕生に繋がったのではないかという見解もあります。
しかしながら、ヴィエノワズリー(Viennoiserie)=ウィーン風の焼き菓子やパンがフランスで人気となったのは1839年にパリに“Boulangerie Viennoise“が開店した事がきっかけというのが定説。ウィーン風パティスリー(pâtisseries viennoises)という言葉についても、最初に登場するのは1877年に出版された『Le Nabab』であるとされています。アウグスト・ツァング氏がパリにお店を開いたのはマリー・アントワネットがフランスへと嫁いできてから約70年も経ってからの話ですし、彼はオーストリア出身なので自国で食べていたものを再現した可能性が大。宮廷・上流階級の方々はさておき、「マリーアントワネットが伝えたことでクロワッサンが市井にまで普及した」というのはちょっと無理があるような気がします。
古代エジプト・トルコがルーツ説も…
クロワッサン原型となったのは東ヨーロッパ周辺で食べられているキプフェル。ここまでは多くの研究家の方々が自著・自サイトの中で言及しているため間違いないでしょう。
問題はこのキプフェルがどこで誕生したのかという点。
中世にハンガリーやオーストリアはオスマン帝国の支配下に会った時期があります。オスマン帝国にはは“バクラヴァ(baklava)”という甘いペイストリーが存在しており、トルコからバクラヴァがオーストリアに伝わる→キプフェルになりフランスに伝わった=クロワッサンのルーツはトルコにあるという説を唱える方もいらっしゃいます。
また、エジプトには小麦粉とギーを層状にして焼いた「フティール(Feteer)」と呼ばれるパイのような食べ物があります。このフティールの起源は古代エジプトにまで遡るそうで、パン生地の発酵技術を確立したのも古代エジプトですから古さで言えば最古レベル。マムルーク朝の時代にこのフティールの作り方がヨーロッパにまで広がり、クロワッサンの誕生に繋がったのではないかという説もあります。
アメリカでの普及・ファストフード化
フランスで19世紀末~20世紀初頭に普及したクロワッサン。約100年後の1970年代頃からはアメリカでもクロワッサンが注目されるようになり、冷凍食品化やファストフードチェーンのメニューにも取り入れられるようになりました。1984年4月21日の『New York Times』には“A CROISSANT BOOM IN U.S. MARKETS”という記事が掲載され、Sara Lee Corporationが販売した冷凍クロワッサンの売れ行きが好調なこと・デザートクロワッサンとサンドイッチクロワッサンが加えられ「クロワッサンのアメリカ化が順調に進んでいる」と報じています。さらに4月30日には同じく当時普及し始めていたベーグルとクロワッサンを対比させた記事も掲載されているあたり、クロワッサンへの注目がうかがえますね。
実際に『New York Times』でブームが報じられるよりも前、1983年にはバーガーキングでクロワッサンに具を挟んだ“Croissan’wich”の販売がスタートしています。伝統を重んじるフランスの方などは違和感を感じることもあるようですが、良くも悪くもクロワッサンはアメリカで更なる大衆化・多様化を遂げていると言えます。1996年にはニューヨークのTHE CITY BAKERY(ザ シティベーカリー)でプレッツェル生地と融合させた「プレッツェルクロワッサン」が開発され現在でも人気商品となっていますし、2013年には同じくニューヨークのDominique Ansel Bakery(ドミニクアンセルベーカリー)がクロワッサン生地で作ったドーナッツ「クロナッツ」を発売し話題となりました。日本もアメリカと同時期にクロナッツはブームになりましたよね。クロナッツブームと前後してプレッツェルクロワッサンも紹介されたほか、クロワッサンたい焼きなど独自のアレンジも登場しています。
参考サイト:クロワッサン、形の意味? – 食育大事典/Is the Croissant Really French?/Kipfel/EGYPTIAN FETEER MESHALTET
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