【30秒でわかる】盆踊りとは – 踊るのは供養? 娯楽? その起源は?
【30秒でわかる】盆踊りとは
盆踊りは、お盆の時期(7月~8月頃)に開催される夏祭りの一種で、踊りがメインのイベント。日本の夏の風物詩でもあります。
盆踊りは参加者も飛び入りで踊れることが多いですが、踊りを見せるためのチームが決まっているタイプもあります。現代では屋台がたくさん出たり、特色のある衣装や踊りを見に観光客が集まったりと、イベント感が強い季節行事になっています。
名前に“盆”と付くように、元々は先祖供養の意味を持つ、お盆行事(宗教行事)の一種であったと考えられています。お盆に“この世”に帰ってきたご先祖様の供養、そこから地域交流の行事、お祭りイベントへと変化していったのでしょう。
ちなみに、盆踊りは海外、特に日系人の多い南米などでも開催されています。
盆踊りの豆知識
盆踊りの起源・由来
盆踊りの起源・由来は諸説あり、はっきりとしたことはわかっていません。
現代の盆踊りに近い、お盆に地域の人が集まって踊る風習となったのは室町~江戸時代初期頃と考えられています。始まりはお盆に帰ってきた死者の供養という色もあったようですが、江戸時代には既に生者が楽しむための年中行事となっています。
踊り念仏説
盆踊りの起源として有力視されているのは、平安時代に空也上人が行った“踊り念仏”です。
空也上人は一般民衆にまで広い層に、念仏を唱えることで阿弥陀仏が救ってくれる(死後に極楽浄土に行ける)という考え方を広めた先駆者。空也上人は人々が念仏を覚えやすいようにと「南無阿弥陀仏」の念仏に歌うように節を付けて教えたと伝えられており、やがて人々は太鼓を鳴らしたり、踊ったりしながら念仏を唱えるようになっていきます。
この踊り念仏は、阿弥陀仏への祈り、もっと言ってしまえば信仰アピールのようなもの。ですが、大衆文化になって広まっていく中で、日本の祖霊信仰や盂蘭盆会などとも結びつき、お盆行事の一つとして定着したと考えられます。
目連尊者説
盆踊りの起源として紹介されることが多い物語が、お釈迦様(ブッダ)の弟子の目連尊者のお話。盂蘭盆会の起源ともされる“餓鬼道に落ちてしまった母を救った”エピソードです。
お釈迦様のアドバイスに従って母を救えた目連は喜びのあまり踊った、苦しみから開放された目連の母が踊りながら天に昇った……そこから、お盆と踊りがセットになったというのが目連発祥説。ただし、目連と母のお話が書いてある『盂蘭盆経』自体が後世に作られたものという見解もあり真偽は定かではありません。
▼盆踊りの歴史・由来説の詳細はこちら
昔の盆踊りは15日
現代の盆踊りは、7月盆、月遅れ盆(8月盆)など、地域がお盆と定めている時期に合わせて開催されます。更に多くの方が参加しやすいようにと、土日、夏休み時期なども考慮される場合もありますので、盆踊りがいつ行われるかは様々。
ですが、旧暦しか無い江戸時代は、盆踊りといえば7月15日が定番でした。
“送り火”を焚く前日ですので、あの世に帰ってしまうご先祖様とのお別れ会のような意味もあったのかもしれません。ただ、15日の夜が一番明るかったという現実的な部分も大きかったのでしょう。旧暦は月の満ち欠けが基準、1日は新月で、15日が満月です。
街灯も車のライトもなく、家の明かりさえほぼ無い時代。夜は真っ暗です。
夜遅くまで、もしくは夜通し外で過ごすには、月明かりがとても重要だったのですね。
盆踊り禁止令があった?!
盆踊りの歴史雑学で外せないのが「明治政府による盆踊りの禁止」。
各地で警察が出動して取り締まりを行ったそうですから、相当ですね。
明治政府が盆踊りを嫌ったのは、ずばり、風紀が乱れるから。
古来日本には“性は神聖なもの”という考え方もありました。夜に行われる盆踊りは、男女の出会いの場でもあった、性的行為が行われていたという地域もあったようです。性をタブー視し、西洋化・先進国化を目指していた政府の方針とは相容れなかったのでしょうね。
健全な娯楽・季節行事として大々的に盆踊りが開催されるようになったのは、実は昭和以降。明治の人は観客動員数100万人超えの盆踊りとか、聞いたらびっくりするのでしょうね。
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